僕は犬のウンコだけど、特殊能力を持っている

 ドキドキドキドキ…、心臓が飛び出そうだ。手にじっとりと汗をかく。
 今、声をかけようか、いや、やめよう。あの前から来るおばちゃんが通り過ぎたら声をかけよう、自転車が通ったからちょっと待とう…。いろんなことを理由に豪介はなかなか声がかけられなかった。
『クッソー、なんて俺はダメ人間なんだ。俺には勇気がないのか! 俺は悪いことをしようと思っているわけじゃない。こんなに緊張する必要はないんだ』
 豪介は自分に言い聞かせた。これは、なんてないことなんだ。普通に話せばいいんだ。普通に、普通に。『できる。よし、俺はできる』心臓がバクバクして口から飛び出そうだ。
『今だ、よし』
「牧園さん」
 ついに声をかけた。喉がカラカラで少し上ずった。それでも、豪介の呼びかけに牧園さんが立ち止まり振り返った。
 近くで見るとやっぱり可愛い。短い前髪もとってもよく似合っている。豪介よりも身長が高く、少し見上げる形になる。
「ゴンスケ…」
 牧園さんが自分の名前を言った、正確には名前ではなく、あだ名だったが、それでも自分を認識していることに違いはない。あだ名でも知っていてくれたことが嬉しかった。
「そう、そう、僕ゴンスケ」と、豪介は答えた。
「何?」
 豪介は自分に言い聞かせた。『勇気を出せ!』
「実は、バイト先のお金をネコババしてるのは大原純なんだ。店長に教えてやってよ」喉が張り付く。
「何?」牧園さんは怪訝な顔をしている。
「大原が買い物をするんだ、レジに徳永がいる時を狙って、大原は240円の買い物をして千円を渡す、すると徳永が9,760円のお釣りを渡す。それで大原は徳永に1,000円を握らせるんだ、それで共犯にして口封じをしている。この前の土曜日にそれをやったんだ」
 豪介はそう言って牧園さんに紙切れを差し出した。
「店長に確認してみて。レジの金額が合ってないはずだから」
 その紙切れには二人の手口と金額を書いておいた。それと自分の住所と電話番号を書いた。もしかしたら牧園さんが連絡をしてくるかもしれないとほのかな期待を寄せて書いていた連絡先だ。豪介がそれを差し出すと、牧園さんが手を伸ばす。そこに書いてあるメモを見ながら明らかに不信そうな顔でそのメモを受け取った。
「どうしてゴンスケが知ってるの?」
「見たんだ」
「店にいたの?」
「いや…、そうじゃないけど」心臓がドキドキし始めた。