「じゃあ次、牧園さん読んで」
『きた!』
 ついに先生が牧園さんを指名した。豪介の心臓はドキリと高鳴る。牧園さんが立ち上がる。先生が牧園さんを見る。見えた。
『最高にかわいい!』
 先生から指名されたので前髪を手で隠すこともできない。うっとりする。あまりの可愛さにとろけてしまいそうだ。自分のこの力に感謝する、幸せだ。
「あら、前髪切ったのね、可愛いじゃない」と先生も気がついた。牧園さんは先生に言われて顔を赤く染め、前髪を手で隠す。周りの生徒もざわつく。教室の空気が柔らかく和んでいき、その中で牧園さんが朗読を始めた。
『なんて素敵なんだ』
 朗読の箇所が終わると牧園さんが席に座った。もう満足だ。授業を聞きたいわけでもないからそろそろ繋がりを切ろうかと思っていると、「この時代には珍しく、柳原白蓮は激しい恋に身を委ね、女性として生き、それを赤裸々に歌に詠み、晩年は平和運動家になっていきました。あなたたちも激しい恋で人生が変わるかもしれないわね」と牧園さんの髪型で柔らかくなった教室の空気に近藤先生もちょっと砕けたのか、「でも、あなたたちはこんな冒険はしないかしらね、もっと現実的かな」と普段脱線しないはずの先生が恋の話で脱線した。するとおチャラけた生徒が「先生も激しい恋をしてますか?」と言って教室内は爆笑に包まれた。これをきっかけにもう我慢ができなくなったのか次から次へと生徒達が先生に質問を投げかけた。
「先生、好きな人が出来たんでしょう」
「先生なんか最近綺麗になりました」
「やっぱり激しい恋ですか」
「メガネよりもコンタクトが似合うと思います」
『なんか面白くなってきた』
 たまらず先生が「何馬鹿なこと言ってるの」と慌てた。きっと顔を赤らめたに違いない。
 1組の生徒も近藤先生から恋人ができたのよと言わせたくて仕方ないみたいだ。
「先生、恋人ですか?」
「ほら、授業に戻るわよ」
「この学校の先生ですか?」
 豪介にも先生の視界がフラフラして動揺が伝わって来る。さらに生徒が囃し立てる。
「あっ、それは、安部ちゃんですか?」と、30代独身の数学の先生の名前を挙げた。
「違うわよ」と先生が否定した。
 豪介は肯定しずらいことを聞かれると人間なかなか肯定しないけど、違うことに関してはすぐに否定するんだなぁと面白い発見をした。