この日の朝、牧園ゆかりはベットから起きると新しい髪型に明るい気分で階段を降りた。だが、この髪型を見た母親は「美容室に行くお金ぐらい出すから、ちゃんと言いなさい」と声を絞り出した。
「違うの、違うの。節約じゃないの。自分で切ったらちょっと切りすぎちゃった」とゆかりはおどけてみせた。父親も「どうしたんだ? お父さんがお金を出してあげるから、遠慮なんてしたらダメだ」と母親と同じようなことを言った。さらに母親から「髪の毛なんてすぐに伸びるんだから、あまり気にしないでね」と慰められゆかりはすっかり自信を失くしてしまった。
 恐る恐る学校にやってくるとゆかりは片手で前髪を隠して教室に入ったのだが、その不穏な空気を察してクラスの女子が次々に集まってきた。
「あれ、もしかして」
「何、何よ」と、ゆかりは平常心を装い必死の抵抗を試みるが、オシャレに敏感な女子高生が指の間から覗く短い前髪に気付かないはずがない。
「もしや、もしや」
「何?」
「ゆかり、覚悟を決めて手を外しなさい」そう言われて、ゆかりは渋々手を外した。
「きゃー、オンザ眉毛」
「可愛い」
「ウヘェ!」などとゆかりの前髪を見た友達は悲鳴とも叫喚ともつかない声をあげた。だが総じてクラスメイトの反応はよく、男子たちも普段ならからかうところだが、ゆかりのオンザ眉毛は何か神秘的な可愛さを感じて気後れした。ゆかりへの反応は1時間目、2時間目が終わっても落ち着かず、昼休みになってもお弁当を持って集まった女子に囲まれた。
「何があったの? 話なさいよ」
「何もない」
「何もないわけないじゃない」
「ただちょっと気分転換しようと思って」
「やっぱり、失恋かぁ」
「違うって」と言って否定するのだが、みんなは失恋に絞って納得する理由を探り始めた。身近なクラスメイトから芸能人まで名前を挙げて面白おかしく詮索する。それもひと段落すると、今度はみんながゆかりと記念写真を撮りはじめた。アプリで写真を加工して笑い合う。

『くっそー、女子が邪魔でなかなか見れない』