豪介が呼ばれた。高校生になった時にクラス担任のこの三島先生が最初のホームルームの時間で豪介の名前をこう呼んだ時から、豪介は「ゴンスケ」になった。身長が低く名前負けしている豪介にとって「ゴンスケ」は名前よりもピッタリとした名前になった。それ以来クラスメイトにもずっとこのあだ名で呼ばれている。成績表に記された順位は75位。2年生の文系3クラスの生徒は118人だから、中の下だ。一喜一憂もない。豪介はそれなりに勉強したつもりなのだが、今回も自分の定位置から抜け出すことはできなかった。ふと見ると久保田治がこちらを見ている。久保田は豪介にとって唯一の友達で、またライバルといっていい存在だった。身長は豪介より数センチ高いが顔が長くのっぺりとしていて、身長と顔の長さのバランスがすこぶる悪い。自分の浮かない顔を見て安心したような顔になりニヤリと笑った。あの顔を見れば久保田の順位も大差ない。いつもと変わらない自分と同じぐらいの定位置だろう。
「先生、1位って誰ですか?」クラスの誰かが聞いた。
「1組の井上唯だ」
「おぉう」と歓声ともため息とも取れない声が上がった。テストのたびに誰か唯を負かす奴が現れるのではと思っているのだが、1年の時から1位を他の生徒に譲り渡したことがない。
「さぁて、それじゃ授業を始めるぞ」今日は三島先生の英語の授業からだが、まだクラス全体は成績表の余韻から抜け切れていない。手をパンパンと叩きながら「ほら、気持ちを切り替えて」と言うが、先生も機械的にその言葉を呪文のように言っているだけで、気持ちの切り替えができない生徒のこともわかっている。それでも三島先生が教科書の朗読を始めると、本を開いたり、ノートを開いたりしながら徐々に落ち着きを取り戻していった。