唯はこの地域も自分の家も嫌いだった。保育園では粗野で声の大きい地元の子どもが主導権を握り、仲間に入ることができなかった。その保育園の子ども達は一人も欠けることなく、一人も増えることなくみんな一緒に小学校に上がり、また同じメンバーで中学に上がった。保育園でできた序列は中学まで変わらなかった。いつの頃からか唯はこの家から自分を救い出してくれる何かがきっと現れると信じるようになった。
 自分の部屋に上がる階段を登るとギシギシと軋む音がする。薄いベニヤのドアを開け自分の部屋に入る。4畳半の畳の部屋にはベッドと小学校から使っている白い木の机と本棚があるだけだ。畳は色あせ、壁紙はところどころにシミが浮き出ている。唯は椅子に座り、窓の外を眺めると寂しさの象徴であるような夕焼けが西の空を赤く染めていた。唯の胸の奥底でどうしようもない閉塞感が渦巻いていた。

 2組の山形大悟の部屋には同じく2組の鈴木道治が遊びにきていた。
 大悟は身長はあるのだが、鈍臭く、洗練されていない。道治はチビで痩せていて威勢のいいことを言うが、言葉ばかりでクラスメイトからすぐに相手にされなくなった。二人とも女子には縁遠く、クラスの中で話しかけることも話しかけられることもなかった。二人は別々の中学出身で、1年の頃同じクラスになり馬があった。高校1年の初めの頃は道治の方が成績が良かったがそのうち大悟が道治を抜くようになった。大悟は1年の3学期くらいからは常に10位以内、そして今回の中間テストでは5位になった。塾のない日の学校帰りは家が近い大悟の家に道治が立ち寄り暇を潰すのが日課になっていた。
 大悟の家は母子家庭で、3Kの市営団地に住んでいる。兄弟はおらず、母と二人住まいだ。母親は近くの病院に正看護師として勤めていた。大悟の6畳の畳の部屋にはベッドと机とカラーボックスと小さなテーブルがあり空いているスペースはほとんどない。壁には中学の時の仲の良かった友達と遊びに行った集合写真が飾られていて、大悟だけ地元のプロ野球チームのユニフォームを着ていた。
 大悟がカップラーメンを二つ持ってくると、「どうぞ」と言って道治と二人ラーメンを食べ始めた。
 道治がラーメンをすすりながら呟く。
「最近さ、近藤麻里先生なんかおかしくね?」
「どこが」