井上唯はゆかりが降りてから六つ目の駅で静かに席を立つ。電車から降りた人は唯を入れても数人しかいない。なんとなく顔を知っているがお互い挨拶をすることもなく改札を出ていく。
今では珍しい木造の駅舎は古く、気がついた時にはすでに無人の駅だった。唯は自転車置き場のまばらにしかとまっていない自転車の中から自分のを取り出すと、カバンを前かごに入れて家路に急いだ。ここら辺は何年経っても景色が変わらない、もしかした何十年と変わっていないかもしれない。
唯は地元の中学を卒業すると、自転車で通える近くの高校ではなく、ちょっと遠かったけどみんなが行かない高校に通うことにした。自分のことを知らない高校に行けば周りの友達が自分を変えてくれるのではないかと思った。でも、何も変わらなかった。それはそうだ。友達は関係ない、自分自身が変わらなければいけないのにそれが出来なかった。
『手を出すのかぁ…』牧園さんの言葉が胸に残っている。
自転車に乗って朽ちかけた板塀が続く路地を通り抜けていくと、時折漁港の方から魚の脂の匂いが風に乗って漂ってくる。家に帰るこの変わらない田舎の道が唯の胸を苦しくさせた。
井上唯の自宅はかつての新興住宅地の一軒家で、同じような住宅が十数軒並んでいた。この辺りは平坦な土地が少なく、海沿いの狭い平地に昔ながらの漁師の家が並んでいて、唯たちの住む新興住宅地は県境の山々の連なりの麓辺りの丘陵地を開発した土地に建っていた。遠くから見ると山の隙間に家がひっついているように見える。
唯の家は両親が30年近く前、世の中的にはバブルが弾けた後に新築で購入したものだ。当時、地価が下がり始めても直ぐに下げ止まってまた上がるだろうと多くの人が思っていたのと同様に唯の両親もそう考えていた。父親の仕事場からはずいぶん離れていたが、思い切って購入した家だった。その後多くの人の予想に反して地価はどんどん下り続け、あちこちで開発も止まった。当然のようにこの辺りの開発も止まり、通る通ると言われていた上下水道もいまだ通らず、鉄道だって複線化の計画は凍結したままとなった。近所のスーパーも潰れてしまい、病院もなくなり、あと10年もすれば中学校が近くの中学と統廃合されると噂されている。新しく転入してくるものなどいない見捨てられた地域になった。
今では珍しい木造の駅舎は古く、気がついた時にはすでに無人の駅だった。唯は自転車置き場のまばらにしかとまっていない自転車の中から自分のを取り出すと、カバンを前かごに入れて家路に急いだ。ここら辺は何年経っても景色が変わらない、もしかした何十年と変わっていないかもしれない。
唯は地元の中学を卒業すると、自転車で通える近くの高校ではなく、ちょっと遠かったけどみんなが行かない高校に通うことにした。自分のことを知らない高校に行けば周りの友達が自分を変えてくれるのではないかと思った。でも、何も変わらなかった。それはそうだ。友達は関係ない、自分自身が変わらなければいけないのにそれが出来なかった。
『手を出すのかぁ…』牧園さんの言葉が胸に残っている。
自転車に乗って朽ちかけた板塀が続く路地を通り抜けていくと、時折漁港の方から魚の脂の匂いが風に乗って漂ってくる。家に帰るこの変わらない田舎の道が唯の胸を苦しくさせた。
井上唯の自宅はかつての新興住宅地の一軒家で、同じような住宅が十数軒並んでいた。この辺りは平坦な土地が少なく、海沿いの狭い平地に昔ながらの漁師の家が並んでいて、唯たちの住む新興住宅地は県境の山々の連なりの麓辺りの丘陵地を開発した土地に建っていた。遠くから見ると山の隙間に家がひっついているように見える。
唯の家は両親が30年近く前、世の中的にはバブルが弾けた後に新築で購入したものだ。当時、地価が下がり始めても直ぐに下げ止まってまた上がるだろうと多くの人が思っていたのと同様に唯の両親もそう考えていた。父親の仕事場からはずいぶん離れていたが、思い切って購入した家だった。その後多くの人の予想に反して地価はどんどん下り続け、あちこちで開発も止まった。当然のようにこの辺りの開発も止まり、通る通ると言われていた上下水道もいまだ通らず、鉄道だって複線化の計画は凍結したままとなった。近所のスーパーも潰れてしまい、病院もなくなり、あと10年もすれば中学校が近くの中学と統廃合されると噂されている。新しく転入してくるものなどいない見捨てられた地域になった。