何気なく右を向いたら、漆黒の黒髪を靡かせた少女が、廊下を歩いている姿が、教室の窓越しに見えた。

 ピンと伸びた背筋に、色白で無駄なく細い体が、曇りかけているガラス越しでもよく分かる。おまけに規則正しく揺れる制服から溢れ出す輝き、堂々とした歩き方すら目を引く。

 圧倒的なオーラを放つ彼女の行く先に、人はいない。

 生徒は皆、彼女がやってくると自然と道を開ける。

 それは、彼女自身が自分の道を切り開いているようにも見えた。

 廊下に群がっていた連中は、彼女が通り過ぎる前にそくさくと逃げるか、廊下の端に寄って彼女が行くのを見届けるか。
 
 表情ひとつ変えない彼女は、みんなの視線を独り占めしていた。

 訝しげな顔の者、あるいは怯えた表情の生徒……そんな数多なるやつらの瞳が、彼女に釘付けにされている。

 大勢の注目を浴びる彼女は、しかし全く動じていなかった。

 曇りのない綺麗な瞳で前だけを見据え、桜色の唇は硬く結ばれている。

 目が集まるその間の道を、彼女はものともせずに通り抜ける。

 そして、あるところで足を止め、くるりと90度、向きを変えた。

 そのまま、開いている扉に足を踏み入れて教室の中へ進む。

 彼女の姿が窓越しよりもはっきりと見えるようになった。

 スタイルのいい彼女は、セーラー服もきっちりと着こなしている。

 おまけに、こんな暑い中でも汗ひとつかいてないもんだから、肌の滑らかさは羨ましい。

 雪のような白さを誇る彼女の肌が、電灯に照らされて艶やかに反射していた。

 彼女はまた、90度体の向きを曲げる。

 丁度、彼女が真正面から眺められるようになった。だからと言って、別に嬉しくもなんともないけど。

 モデルのように足を踏み出す彼女は、一本の糸の上を歩いているようだった。

 きっと、綱渡りとか平均台とかが得意なんだろうな、と勝手に想像する。

 手のひらサイズで収まりそうだった彼女が、どんどん大きくなっていく。

 簡単に言うと、俺に近づいてきていた。

 口を真一文字に結んだ彼女の瞳は、心なしか俺を見ている気がする。

 何となく、真っ黒な瞳孔に戸惑う俺の顔が映っているような……?

 ……そんなわけないよな。

 読書をしていた俺は、自分にそう言い聞かせて本に視線を落とした。

 しかし、カツカツ……という足音と、刺さるような視線は一向に消えない。

 おい、嘘だろ。いい加減に消えてくれって。

 そんな願いも虚しく、俺の本は机から伝わった衝撃で震えた。

 俺の腕もがビリビリする。

 一体何なんだよ……。

 俺が立ててた本を倒すと、すぐ近くに色白の手が見えた。

 随分と細い腕だな。握力の弱い俺でも、掴んだら折れそう。

 なんてどうでもいい事を考えながら顔を上げると、居た。

 お化けじゃない、彼女がだ。

 片手を俺の机の上に置き、もう片方は腰に当てている。

 いかにも、威圧感半端ないポーズ。美人はこれが似合うよな。

 整った顔立ちの彼女は、不機嫌そうに曲げた口を開ける。

「ねぇ、付き合ってよ」

 何の前触れもない、突然な告白。それも、美人な優等生から。

 頭は悪かったけど、俺の耳までとうとう狂ったか?

 何かの聞き間違いかと思った。

 付き合うって、あの付き合う?

 壁にパンチする方じゃなくて、男と女がイチャイチャするやつ?

 いやいや、俺がそんなのあり得ない。

 やっぱり聞き間違いだよ。

 だが、そう結論づけた瞬間に、俺の案は覆された。

「優くん、私の彼氏になって」

 この後、俺がすっときょんな声を出したのは言うまでもない。