オナラはなんでも知っている

 徳乃真はゆかりの後ろ、向かいの家の壁に伸びてきた影を見ていた。それは不自然な影だった。東の空は藍色が深くなり、西の空はオレンジに染まっている。この時間太陽は沈み影はもう出ないはずだ、それなのに黒い影が壁に伝って伸びてきた。よく見れば周りからどんどん影が迫ってきているようにも見える。どうして影ができる?混乱し始めた徳乃真はさらに不思議な光景を見た。壁に伸びてきた影が生き物のように形を変え始めたのだ。その影はさらに形を変え、やがて文字になった。
『呪う』

 ゆかりが初めてこの力を使ったのは保育園の時だった。

「あっ、ゆうじくんがおしっこもらした」
「本当だ」
「きったねぇ」
 ゆかりは砂場に立ったゆうじくんの青い半ズボンにシミが広がっていくのを見ていた。はじめは小さな黒いシミだったがそれがどんどん広がっていき、太腿を伝ったおしっこが足元の砂にもシミを作っていった。おしっこをもらしたゆうじくんは保育園児ながらも不安と、恥ずかしさでいまにも泣き出しそうな顔になっている。ゆかりはなんとかゆうじくんを助けてあげないとと思ってその広がっていくシミを見ていた。この黒いシミさえ誤魔化せばおしっこをしていないことになるのではないか。そう考えて、おしっこのシミがなくなるようになくなるようにと頭の中で強く念じた。すると、ズボンと足元に広がった黒いシミはどんどん大きくなっていった。周りの園児達はおしっこのシミが広がっていることにびっくりして、「うわあ、おしっこがこっちに来た」「こっちに来たぁ」といってお大騒ぎを始めた。
 ゆかりはおしっこのシミをもっと大きなシミで隠せばゆうじくんを助けられると思ったのだが、びっくりした園児の反応は「ゆうじくんはお化けだ」「ゆうじくんにはお化けがついている」と、お化け騒動に発展してしまった。