オナラはなんでも知っている

「うん。ちょっとね」そういうと、忠彦はゆかりを見て「ゆかりさんもわざわざきてくれてありがとう」と言った。
「うぅん。元気そうでよかった」
「うん」
「僕、本当はどうしてここにいるのかよく分かってないんだ。昨日先生が来てくれてある程度説明してくれたんだけど、詳しいこと覚えてなくて、覚えてないからなんか不思議な感じがするよ。交通事故にあった人も記憶が欠落するっていうからそれと同じかもね」
 忠彦は窓から身を投げた。ゆかりも萌美もそれを見ていた。でも、忠彦はそのときの記憶がない。もしそのときの記憶があったら恥ずかしさのあまりこんなふうに萌美や自分に話しかけられないだろう。理由はどうあれ、忠彦の笑顔にゆかりも安心した。ゆかりは「あたし、部屋の外で待ってるから」と言って病室を出た。
 
 ゆかりは病室の外のロビーのベンチに座って萌美が来るのを待っていた。30分ほど座っていると笑顔の萌美がやってきた。病院に来たときとはまるで違う表情にゆかりもホッとする。
「もっとゆっくりでよかったのに」
「うぅん。大丈夫。ゆかり、ありがとう」と言って萌美はゆかりの隣に座った。
「よかったね」
「・・・うん」
 ゆかりはよかったねと言ったが、忠彦に記憶がなかったからよかったねなのか、元気そうでよかったねなのか、自分でもよく分からなかった。