オナラはなんでも知っている

「何か、お見舞いの品物を買って行こうか?」とお見舞いを持ってこなかったことを思い出してゆかりが言うと、「そうね」と萌美もうなずいた。
 病院内の1階にはコンビニがあり、そこで適当なお菓子を数点買い、夜間休日受付でお見舞いに来た旨を伝え、部屋番号を教えてもらう。エレベーターで5階に上がり、外科の患者さんが入院している東棟に向かう。忠彦が入院している508号室の前に立ち、札を確認するとそこに名前があった。六人部屋の真ん中だ。ゆかりが萌美を見ると、まだ決心がつかないのか、どうしていいのか分からないような顔をしてゆかりを見た。ゆかりは萌美をつつき「そんな顔してたらダメじゃない。ここまで来たんだから」と促す。萌美はなんとか笑顔を作り、「うん」と言った。
「それじゃいくよ」
「うん」
 ゆかりが扉をノックして、開ける。
 病室内は六人部屋だったが、一人一人はカーテンで仕切られていてプライベートが保たれるようになっていた。すべてカーテンで閉じられていて一人一人がどんな状態なのか窺い知れなかった。入り口のところにある名札で忠彦のベッドの位置は確認している。真ん中のカーテンのところに来ると、ゆかりが「忠彦君」と声をかけた。「はい」とカーテンの中から声が聞こえてきた。萌美が顔を上げ、ゆかりを見た。ゆかりが萌美に目で合図する。
「忠彦君、お見舞いに来たの、ゆかりと萌美。カーテン開けていい?」
「・・・うん」
 ゆかりがベージュの薄いカーテンを開ける。白いベッドの上に青白い顔の忠彦がいた。忠彦は右足を固定して、点滴を受けていた。忠彦が萌美を見て右手を布団から出して軽く振る。
「やぁ」

 忠彦はあの時3階の窓から身を投げた。
「目を覚ましました。聞こえますか? 名前はなんですか? 今日は何日ですか? 分かりますか?」
 救急隊員の呼びかけに、忠彦は周りを見た。狭い空間、色々な機材、病院の医師が着るような服を着た男性、微かにエンジン音と振動、それとサイレンの音。ここが救急車の中だと気がつくのにしばらく時間がかかった。不思議と体の痛みはなかった。ただ、力が入らず体を動かそうとすると鉛より重く体が動かなかった。
「大丈夫ですよ。そのまま動かないで」
 自分に何が起こったのか分からなかった。