オナラはなんでも知っている

 英治も誠寿も陽介も沈痛な面持ちで何をどうしていいかわからずにいた。特に三人は忠彦が「助けて」と叫んだ時の声が耳に残って頭から離れないでいた。もしかしたら一生忘れることができないかもしれない。いくらなんでも徳乃真があそこまでやるとは思わなかった。三人とも自分に言い訳をしていた。『足が動かなかった、すくんでしまって、徳乃真のあの姿を見たら、何もできなかった。忠彦を助けたいと思ったけど、本当に思ったけど、あんなの、あんなの、僕では助けられない・・・。なんで名前を呼ぶんだよ。あんな風に名前を呼ばれたら助けなかった僕が悪いみたいじゃないか・・・』助けることができなかった罪悪感と、忠彦が自分たちの名前を呼んだことへの恨めしさが心の中で葛藤していた。
 
 この日は生徒それぞれ拭い去ることができない大きなショックを背負ったまま一日が終わった。帰りのホームルームで泉先生から忠彦の容態について、命に別状はなく、右足と肋骨を骨折しているようで、しばらく入院することになるだろうという報告があった。それを聞いてクラスのみんなはひとまず死ななかったことにホッとした。本当に、もしかしたら忠彦が死んじゃうんじゃないかと思いながら数時間を過ごしていただけに先生からのこの知らせは心の重荷がとれた思いだった。さらに泉先生からの報告は続き、徳乃真についてはどんな処分が下されるのか分からないが、とりあえず自宅謹慎となった。ということだった。

4月24日 日曜日
 土曜日に起こった出来事に日曜日は大騒ぎとなった。事情を知っている忠彦のクラスの生徒に他のクラスから情報を求めるメッセージが次から次へと入ってきた。忠彦のクラスの生徒は知っていることを送り返すが、そのうち噂話は背鰭尾鰭がつき話が大きくなっていった。
『忠彦が窓から身を投げた』
『メアリーの椅子の匂いを嗅いでた』
『忠彦がメアリーを襲ったって。それに怒って徳乃真が忠彦を窓から放り投げたらしい』
『なんか、落ちたときに脳味噌が飛び出て死んだんだって』
『すごい血が出てて、まだ脳みそが転がってるって』

 忠彦のクラスメイトも新しい情報が何も入ってこず、土曜日に知らされた以上のことがわからなかった。みんな不安で、勉強どころではなかった。