テストは成績トップの生徒が最初に呼ばれ、あとは出席番号順に渡される。
「英治はクラストップだけではなくて学年でもトップだった」
 英治は本当に頭がよかった。行こうと思えばもっと上のランクの高校に行くことができたのだが、体が小さく、いじめの対象になりやすかったため知らない人ばかりの頭のいい高校に行くよりは中学からの友達がたくさん行く地元の高校に通った方がいじめられないと判断したのだった。その考えに間違いはなく英治は高校でいじめられることはなかった。と言うよりも、誰も英治を相手にしなかった。頭がいいだけの英治はクラスの中の最下層に位置づけられていた。
 だが、ここで最下層の英治が暗い井戸の底から引き揚げられる出来事が起こった。テストで一番になったものだけの特典として教室の真ん中を後ろまで歩き、その間みんなから拍手を受けるというこの学校だけの恒例の慣しがある。このクラスではずっと英治がこの拍手をもらっていた。英治が先生から成績表をもらい、真ん中の通路を教室の後方まで歩いていく、教室内からは英治を讃えるお付き合いの拍手がパラパラと起こる。英治がメアリーの横を通った時メアリーが「英治君て頭がいいのね」と話しかけた。
 メアリーの自己紹介以外の初めての私語はクラスの最下層の英治に向けられたものになった。
 英治はあまりにも予想していないことに足が止まり固まってしまった。固まったままの英治にメアリーが優しく微笑む。英治はそのときメアリーから漂ってくる香りを嗅いだ。甘く柔らかな今までに嗅いだこともない香りだった。
『・・・いい香りだ』
 その香りは強烈に英治の脳味噌にインプットされた。
 英治が立ち尽くしていると「早く席に戻れ」と先生が注意し、英治はやっと足を動かして教室後方まで行くとそのまま教室前方の自席に戻った。英治ははじめて頭がいいことを喜ばしく思った。やはり頭がいいということは素晴らしいことだ。頭がいいということは、それだけで特別なことだ。英治はそう確信した。