忠彦は誠寿が怒らないことを不審に思ったが、それ以上は何も言わなかった。
 もう直ぐチャイムが鳴るというギリギリのところで啓がクラスに入って来た。だが、啓を気にするものは誰もいなかった。背も低く、格好いいわけでも、話が楽しいわけでもなく、周りを不快にさせるほどのマイナスの要因もない。女子も男子も誰一人啓に目を向けるものはいない。啓にとってもそれが不快ではない。啓は透明人間のように席に座った。
 するとチャイムがなり何人か席を立っていた生徒も自席に着席する。
 ゆかりは自分の後ろの席が空いていることに気がついた。始業式早々誰かが休んでいるのだろうか? そう思って黒板を見る。誰の名前も書いてなかった。どうやら誰かが休んでいると言うわけではなさそうだ。それではなんだろう・・・?
 教室のドアが開き担任の泉先生がやってきた。その瞬間に私語がなくなり、あちこちから「よかったぁ」と言う安堵の声が漏れた。自分たちのクラスの担任が誰なのか、自分たちの好きな先生なのか、それとも退職間際の爺さん先生なのか、担任の先生が誰になるかで一年間の学校生活の気持ちが随分違う。若い、と言っても40を超えているが、男の泉先生は生徒に人気の先生で、そういう意味で生徒たちの気持ちは安心し、落ち着いた。だが、それも一瞬のことだった。その泉先生のすぐ後から見慣れない制服を着た女子が入ってきた。
 
「!!!」
 衝撃が走った。
 教室内が息を飲んだ。
 クラスの全員が、徳乃真までも体が固まった。
 
 その見慣れない制服を着た女子は美しいなどという言葉では表現できないほどの美しさだった。泉先生が緊張した面持ちで紹介する。
「う、うん。転校生です。急な転校だったので制服が間に合っていませんが、みなさんと一緒に今日から勉強します。よろしくお願いします。それでは自己紹介を」
 転校生が一歩前に出た。
「松澤メアリーです。父が日本人で、母がスウェーデン系のアメリカ人です。生まれも育ちも日本なので、こう見えて日本人です」
 その声すら美しかった。凛とした、少し高めの声、気負いをせず、恥ずかしがらず、自信に満ちた声のトーン。
 メアリーの言葉がクラスメイトに染み入る直前で、メアリーがみんなに微笑んだ。
「おぉ・・・」と言うどよめきが起こった。