その徳乃真が教室に入ってきたのだ。クラスの女子は平常心ではいられなかった。さすがに自分が徳乃真にふさわしい女子だと思ってはいなかったが、同じ空気を吸っているだけで他のクラスより優越感に浸れるし、あわよくばすれ違った時に徳乃真の匂いを感じることもできる。さらにいえば声をかけてもらえるかもしれないし、友達になれるかもしれないと思っていた。
 唯一ゆかりだけは徳乃真を平常心で見ていた。ゆかりも徳乃真は格好いいと思っていたが、それ以下でもそれ以上でもない。ゆかりは自分の中で決めていることがあった。好きになる相手は自分のことを理解してくれる男子がいい。そうでなければ絶対に自分を気持ち悪がるだろう。果たしてそんな人が現れるのか分らないが・・・。だからただ格好いいだけの徳乃真にはなんの興味も持たなかった。
 一方男子たちもそんな徳乃真を特別な存在として見ていた。あまりにも違いすぎる容姿に羨むとか、ライバル心を燃やすとかではなく、自分たちとは住む世界が違うと感じていた。ただでさえイケてない高校2年の男子にとって同じ高校男子というカテゴリーに徳乃真がいるおかげでますます惨めさを感じ卑屈になっていく。
 
 徳乃真が出席番号順の自分の席に座る。高校生の机は徳乃真の身長には小さく、小学生の机に大人が座っているかのようなバランスになってしまう。長く余った足を組んで座るとその姿も様になる。
 そこへ紫苑(しおん)がやってきた。紫苑は徳乃真がいなければクラスで一番格好よく、2年生の中でも上位五人の中に入るイケメンだ。ただそんな紫苑でさえその差は歴然としていた。
 徳乃真は自分と釣り合う見かけでないと友達として認めず、話しかけても応えない。この教室の唯一の友達が紫苑で、徳乃真にとって残りの男子は自分を引き立てるためのエキストラでしかない。
「おはよう」紫苑が徳乃真に声をかける。
「おぅ」この日初めて徳乃真が声を発した。クラスの女子はその徳乃真の声を聞き、うっとり聞き惚れる。徳乃真と紫苑はそのままこそこそと何やら楽しそうに話を始めた。
 その徳乃真の反対側の窓際で見た目も天と地ほども差のある英治と誠寿が話をしていた。英治はチビで顔も悪く誠寿はなんだか間の抜けたぬぼーとした雰囲気だった。
「萌美が見てるよ」英治は誠寿をからかった。
「やめろよ」
「あっ、萌美が徳乃真を見てる。あっ、目をそらした」