オナラはなんでも知っている

「匂いにつられてくるなんて、いつもそうだといいのにね」
 ゆかりは母親のその言葉にハッとする。
『匂いにつられる・・・。もしかしたらいけるかもしれない』
 ゆかりはそう思って愛美とメアリーに電話して協力をお願いした。愛美は罪の意識からすぐに「わかった」と言い、メアリーも「一番のお気に入りをつけていくわ」と言ってくれた。

5月12日 木曜日
 愛美は朝から嬉しそうに「メアリーがフレグランスを変えてすごくいい香りよ」と周りの女子たちに伝えた。興味を持った女子がメアリーのそばに来て、鼻を鳴らして「本当、いい香り」とつぶやいている。メアリーもそんな女子に「ね、いい香りでしょう。私の一番のお気に入りなのよ」と告げていき、さらに追い討ちをかけるように愛美が「あん、もう、せっかくいい香りなのに、すぐに消えちゃう。椅子とか机だったら香りが移ってるかもね」と男子にも聞こえるように話をした。
 その会話は聞き耳を立てている男の耳に入った。
『一番のお気に入りなのか・・・』

 放課後、教室内は誰もいなくなった。ゆかりたちのクラスだけではなく、3階の2年生のフロア全体が静まり返っている。夕方の日差しが教室内に入り、明るいところと影になるところではっきりした陰影を作っていた。
 遠くからひたひたという足音が聞こえてきた。その音は教室の前までやってくるとピタリととまる。教室のドアが静かにゆっくり開き、またひたひたという足音がする。教室内に誰かが入ってきた。足音は教室中央のメアリーの机のところにやってきた。足音の主の手が伸び、愛おしそうに机を撫でる。その手は椅子にも伸び、座面を撫でる。まるでそれはそこに座っていたものの温もりを少しでも感じたいと思っているかのようだ。愛おしそうに椅子を撫で、やがて足音の主は膝をおり、顔を椅子の座面に近づけた。
「スーハー」思いっきり深呼吸を始めた。
『いい香りだ。これがメアリーの一番のお気に入りかぁ・・・』

「あなただったのね、英治君」

 英治は自分の名前が呼ばれビクッとした。
『見られた!』
 心臓が痛いほど飛び跳ねる。全身がカッと暑くなり、皮膚がピリピリする。全身から血の気が引いていく。まさか人がいるなんて思わなかった。すぐに逃げたほうがいいのか、でも、もう名前まで呼ばれた。