────目を開けた。
ピ、ピ、ピ…という、電子音が聞こえた。
カーテンの光が零れるのを見る限り、夜ではないらしい。
ぱちぱち、という瞼の動きを繰り返し、布団から体を起こす。
オレンジ色のカーテン。
とある個室。
ここはどこだろう?
そう思って、ぼんやりとまだ眠気が冷めない中、部屋を見渡していた。
まだ電子音が鳴っているから、そのアラームを消すために、スマホへと手を伸ばす。
ここがどこだか分からないのに、どうしてスマホのアラームを消したのか自分でも分からなかった。

何故か操作できるスマホは、〝机の上のファイルを見る〟と、よく分からない文字の待受画面にされていた。

布団、──…ベットからおり、足を床につけ、部屋の中にある机の上を見れば、スマホにあった通り白のファイルが置かれていた。


ここは誰の部屋で、誰のスマホで、誰のファイルだろう?と、そのファイルを見た。



〝あなたの名前は澤田(さわだ)(なぎ)です

これは平成28年7月3日の私が書いたものです

あなたは10歳の頃、脳の病気になってしまい

今日あったことを明日に必ず忘れてしまいます

このファイルは日記のようなものです

読んでください

今日の私へ

今日の出来事、なんでもいいです

明日の私へ何か伝えてください

よろしくお願いします〟



1ページ目の初めには、そんな言葉が書かれていた。



〝澤田凪〟

この名前は私?
ここに書かれているのは、私のこと?
本来ならば、意味の分からない文章が書かれていると思うけど、心のどこかで〝納得〟しているところがあるのは、実際、このファイルを見なければ、私は私の名前さえ分からなかったから。

つまり、このファイルに書かれている〝脳の病気〟というのは、本当の事らしく。



ペラ、と1ページ目をめくれば、〝おかあさんがケーキを作ってくれた〟と書かれてあった。だけど私はその〝おかあさん〟が分からない。


ファイルの中の紙はルーズリーフになっていて、追加形式になっているらしい。


最後のページは、令和2年7月14日と書かれてあった。自身が半袖を着て、冷房がきいている室内。


どうも、今は夏のようで。



〝令和2年7月14日
ウシオくんが泣いていた
私が傷つけた
7月15日の私へ
どうかウシオくんを泣かせないでほしい〟



私には、ウシオくんが誰かも分からない…。




私がいた部屋はマンションらしかった。それが分かったのは、窓から見える景色が高かったから。多分、5階ぐらい。

その部屋の扉を開けリビングに行けば、「おはよう」と、女性の声が聞こえた。
ショートカットのブラウンの髪。黒縁の眼鏡。ああ、この人が〝おかあさん〟。そう思ったのは、知らないはずなのに、朝食を作っているこの雰囲気に違和感が無かったからか。


でも、分からない私にとっては、赤の他人のような感覚で。思わず、黙り込んでしまう。


「あら、制服に着替えてこなかったの?」


そんな〝おかあさん〟は、まだパジャマの姿を見て首を傾げていた。


制服?
なんの事かと、黙り込んでいると、


「読んでないのね、机の上に紙があったでしょう?それに書いてあるから読んできて」


にっこり笑ってきた〝おかあさん〟。


紙?


「…ファイルの事ですか?」


初めて出した声は、やけに小さかった。



「ファイルじゃないわよ、ただの紙なかった?」

「…えっと…」

「きっとあると思うから、見てきて」


優しく微笑まれ、私は頷いたあと、もう一度部屋に戻った。〝おかあさん〟の言う通り、確かに紙は机の上にあった。
ファイルの方に目がいっていて、どうも見落としてたらしい。