変わらずにいたかったのに、意地悪な大人たちは容赦なく愛し合う二人を引き裂いた。村一番の金持ちの娘が勝手に伊織の許嫁にされてしまった。相手の女は伊織に興味を示すことはなかったが、親に婚姻の相手を決められると言う理不尽な運命を何の疑いもなく受け入れた。
時を同じくして、伊織は人智を超えた力に目覚めた。伊織の目の色がある日を境に不気味な赤色になった。
伊織の赤い瞳には未来が映るらしい。自分で選んでみたい景色を見ることは出来ないけれど、突然目の前に映る景色がいつのものだかは正確に分かるそうだ。それは数分後のことだったり、名何百年も先のことだったりとまちまちらしい。
伊織はある雨の日、船の難破を予知した。無視した漁師の船が陸に帰ってくることはなかった。
流れ星が来ることも予知した。それを聞いたしぐれは目を輝かせた。
「素敵。じゃあ、私今夜、ここに来る」
「駄目だ。家の前で、親御さんと一緒に見るんだよ。じゃないと、あやかしに連れ去られてしまうから。絶対だよ。いいね」
伊織は強い口調でしぐれに言い聞かせた。しぐれはちゃんと約束を守った。その夜、流れ星を見に行くと言って夜中に家を飛び出した男の子が神隠しにあったと村中で大騒ぎになった。
こうしたことが重なって、伊織は神の言葉を伝えるために生まれてきた子として崇められた。伊織の伝える神託を村の皆がありがたがった。
赤い瞳は皆が忌み嫌い恐れたあやかしの特徴そのものなのに、伊織は神社の子に生まれたと言うだけで信仰の対象となった。以前病気で目が赤くなったという海辺に住む村民のことはみんなで迫害して村を追い出したのに。僕はますますこの村の大人たちを嫌った。
村の大人たちのことは嫌いだったけれど、伊織のことは少しも嫌いにならなかった。伊織があやかしになっても、伊織は僕の兄だ。伊織は何も変わらなかった。
しぐれも何も変わらなかった。むしろ伊織の話がどんどんファンタジックになっていくのを楽しんでいた。「神様が見せてくれた景色」を雨の中語る伊織。それは伊織にしか見えていないものなので嘘をつこうが本当のことを言おうが分かるわけもない。僕は話半分に聞いていたが、しぐれはその全てを信じた。
「よく、人は死んだら黄泉の国に行くっていうけど、本当は死んだら魂だけの姿になるんだ。魂同士はお互い干渉することはないから、幽霊が集まって悪さをするなんていうのは迷信だよ」
「迷信? なんで嘘つくの?」
「たとえば、雨の日の海にはあやかしが出るって伝承があれば嵐の中に船を出すことはなくなるし、出したとしても用心するだろ? それに、子供をあやかしが攫うっていうのも、夜に子供が出歩いてたら山賊や人攫いに会うから気をつけろってことなんだ」
「でも、赤い目のあやかしを見た人がいるんでしょ?」
「子供をさらって逃げる時、悪い人の目が血走ってたんじゃない?」
「すごい! 伊織ちゃんは頭がいいね」
「もっとも、あやかしは実在するけどね」
伊織は意味深に言った。その通りだ。だって伊織は紛れもなくあやかしなんだから。
「この地には千年に一度百鬼夜行が通るんだ。古今東西のあやかしが集まって、この地を山から海に抜けていくんだ。そこにいるあやかしはみんな赤い目をしてるんだ」
伊織は自分があやかしであるとしぐれに明言はしなかったけれど、隠すこともしなかった。赤い目とあやかしを結び付けるようなことを平気で言った。
世間に疎いしぐれは、伊織は神社の長男だから未来予知ができると思い込んでいた。でも、伊織が自分はあやかしであるとしぐれに告げたとしてもきっと何も変わらなかったと思う。だってしぐれは伊織が大好きだから。
淡い恋心を踏みにじるかのように、伊織が許嫁と夫婦になる日が近づいていた。
「未来では親が好き勝手に結婚相手を決めることなんてなくなるんだよ。結婚は家同士の物じゃなくなって、みんなが自分の愛する人と結婚するんだ」
「じゃあ、私それまで長生きする。病気には負けない!」
決意を表明するしぐれに伊織が微笑みかける。
「しぐれは病気で死ぬことはないさ。とっても長生きする。その病気だって、未来では治療法が見つかるんだ」
「本当? そしたら伊織ちゃんと影丸ちゃんと三人でお天道様の下で遊べるね!」
伊織は顔を曇らせた。
また別の日、伊織は不思議な話をした。その日の伊織はいつもより丁寧でゆっくりとした口調だった。時に僕に視線を送り、僕がちゃんと話を聞いているか確認しながら話しているかのように見えた。
「雨の日って悪いことばっかりじゃないんだよ。雨の日に山に向かって舞を捧げると、山の神様が死者に会わせてくれるんだ。前に俺たちに死者の魂が見えないのと同じように、死者にすら他の死者の魂は見えないのにそれってなんだか素敵だと思わない?」
僕は伊織の視線をあまりにも強く感じたので、相槌を打ちながら聞いた。
「うん、とっても素敵。ねえ、山に行って踊ったら死んだおじいちゃんにも会えるってこと?」
しぐれは何も気にすることなく無邪気に質問した。
「あんまり山に近づきすぎるのも神様に無礼にあたるけどね。踊り方は今度教えてあげるよ」
その約束は果たされることはなかった。伊織はしぐれと僕を残して、若くしてこの世を去った。伊織が息を引き取ったのは雲一つない晴れた夏の日の一番暑い時間帯のことだった。
時を同じくして、伊織は人智を超えた力に目覚めた。伊織の目の色がある日を境に不気味な赤色になった。
伊織の赤い瞳には未来が映るらしい。自分で選んでみたい景色を見ることは出来ないけれど、突然目の前に映る景色がいつのものだかは正確に分かるそうだ。それは数分後のことだったり、名何百年も先のことだったりとまちまちらしい。
伊織はある雨の日、船の難破を予知した。無視した漁師の船が陸に帰ってくることはなかった。
流れ星が来ることも予知した。それを聞いたしぐれは目を輝かせた。
「素敵。じゃあ、私今夜、ここに来る」
「駄目だ。家の前で、親御さんと一緒に見るんだよ。じゃないと、あやかしに連れ去られてしまうから。絶対だよ。いいね」
伊織は強い口調でしぐれに言い聞かせた。しぐれはちゃんと約束を守った。その夜、流れ星を見に行くと言って夜中に家を飛び出した男の子が神隠しにあったと村中で大騒ぎになった。
こうしたことが重なって、伊織は神の言葉を伝えるために生まれてきた子として崇められた。伊織の伝える神託を村の皆がありがたがった。
赤い瞳は皆が忌み嫌い恐れたあやかしの特徴そのものなのに、伊織は神社の子に生まれたと言うだけで信仰の対象となった。以前病気で目が赤くなったという海辺に住む村民のことはみんなで迫害して村を追い出したのに。僕はますますこの村の大人たちを嫌った。
村の大人たちのことは嫌いだったけれど、伊織のことは少しも嫌いにならなかった。伊織があやかしになっても、伊織は僕の兄だ。伊織は何も変わらなかった。
しぐれも何も変わらなかった。むしろ伊織の話がどんどんファンタジックになっていくのを楽しんでいた。「神様が見せてくれた景色」を雨の中語る伊織。それは伊織にしか見えていないものなので嘘をつこうが本当のことを言おうが分かるわけもない。僕は話半分に聞いていたが、しぐれはその全てを信じた。
「よく、人は死んだら黄泉の国に行くっていうけど、本当は死んだら魂だけの姿になるんだ。魂同士はお互い干渉することはないから、幽霊が集まって悪さをするなんていうのは迷信だよ」
「迷信? なんで嘘つくの?」
「たとえば、雨の日の海にはあやかしが出るって伝承があれば嵐の中に船を出すことはなくなるし、出したとしても用心するだろ? それに、子供をあやかしが攫うっていうのも、夜に子供が出歩いてたら山賊や人攫いに会うから気をつけろってことなんだ」
「でも、赤い目のあやかしを見た人がいるんでしょ?」
「子供をさらって逃げる時、悪い人の目が血走ってたんじゃない?」
「すごい! 伊織ちゃんは頭がいいね」
「もっとも、あやかしは実在するけどね」
伊織は意味深に言った。その通りだ。だって伊織は紛れもなくあやかしなんだから。
「この地には千年に一度百鬼夜行が通るんだ。古今東西のあやかしが集まって、この地を山から海に抜けていくんだ。そこにいるあやかしはみんな赤い目をしてるんだ」
伊織は自分があやかしであるとしぐれに明言はしなかったけれど、隠すこともしなかった。赤い目とあやかしを結び付けるようなことを平気で言った。
世間に疎いしぐれは、伊織は神社の長男だから未来予知ができると思い込んでいた。でも、伊織が自分はあやかしであるとしぐれに告げたとしてもきっと何も変わらなかったと思う。だってしぐれは伊織が大好きだから。
淡い恋心を踏みにじるかのように、伊織が許嫁と夫婦になる日が近づいていた。
「未来では親が好き勝手に結婚相手を決めることなんてなくなるんだよ。結婚は家同士の物じゃなくなって、みんなが自分の愛する人と結婚するんだ」
「じゃあ、私それまで長生きする。病気には負けない!」
決意を表明するしぐれに伊織が微笑みかける。
「しぐれは病気で死ぬことはないさ。とっても長生きする。その病気だって、未来では治療法が見つかるんだ」
「本当? そしたら伊織ちゃんと影丸ちゃんと三人でお天道様の下で遊べるね!」
伊織は顔を曇らせた。
また別の日、伊織は不思議な話をした。その日の伊織はいつもより丁寧でゆっくりとした口調だった。時に僕に視線を送り、僕がちゃんと話を聞いているか確認しながら話しているかのように見えた。
「雨の日って悪いことばっかりじゃないんだよ。雨の日に山に向かって舞を捧げると、山の神様が死者に会わせてくれるんだ。前に俺たちに死者の魂が見えないのと同じように、死者にすら他の死者の魂は見えないのにそれってなんだか素敵だと思わない?」
僕は伊織の視線をあまりにも強く感じたので、相槌を打ちながら聞いた。
「うん、とっても素敵。ねえ、山に行って踊ったら死んだおじいちゃんにも会えるってこと?」
しぐれは何も気にすることなく無邪気に質問した。
「あんまり山に近づきすぎるのも神様に無礼にあたるけどね。踊り方は今度教えてあげるよ」
その約束は果たされることはなかった。伊織はしぐれと僕を残して、若くしてこの世を去った。伊織が息を引き取ったのは雲一つない晴れた夏の日の一番暑い時間帯のことだった。