しかし、数年が経ち色恋を意識するような年頃になった時、しぐれが僕でなく伊織に恋をするのは必然だった。同じ日に出会った同じ顔の兄弟でも、きちんと育てられて紳士的な振る舞いを身に着けていた伊織を選ぶのは火を見るよりも明らかだった。

「私ね、伊織ちゃんが好きなんだ」

 しぐれはある日、こっそり僕に耳打ちした。しぐれが頬を赤らめて伊織に熱い視線を送っているのには気づいていたから、驚きはなかった。それでも、しぐれは僕を邪険に扱うことはなかった。

「俺さ、しぐれのことが好きだ」

 ある夜、隣の布団で横になっていた伊織が唐突に僕に告げた。

「しぐれ、俺のことどう思ってるのかな」

 十年以上生きてきて伊織が僕に相談らしい相談をしたのは初めてのことだった。僕はその答えを知っていたけれど、「しぐれも伊織が好きだってさ」と言ってしまうのはあまりに無粋な気がした。

「こういうのって男から言うものなんじゃないの」

「しぐれが迷惑じゃなければ言いたいけど」

「しぐれはそれで態度を変えるような奴じゃないだろ」

「それもそうだな」

 僕は確かにあの時、双子の片割れである伊織にも、何かの縁で仲良くなった大切な幼馴染のしぐれにも幸せになってほしかった。

 彼らが恋人同士になったのはそれからすぐのことだった。僕たちの両親はそのことを知る由もないが、しぐれはそのことを彼女の両親に報告し、彼女の親公認の交際を始めたようだ。

 伊織は晴れの日にもしぐれの家に通うようになった。そして、雨の日は伊織が彼女を家まで迎えに行き、手を繋いで一緒に神社にやって来た。

「僕、邪魔じゃないの?」

「なんで? 影丸ちゃんはお友達でしょ? 影丸ちゃんも私の家に遊びに来てよ」

「遠慮しておく」

 二人でいる時、彼らがどんな話をしていたのかは分からない。でも、三人でいる時の僕らは何も変わらなかった。