話は僕たちが七歳の頃に遡る。僕は神社の次男として生を受けた。雨の日にだけお参りに来る同い年くらいの女の子がしぐれだった。綺麗な目をした子だと思った。

 彼女に最初に声をかけたのは僕の双子の兄、伊織だった。

「俺は伊織、こっちが弟の影丸。君は?」

「私はしぐれ。お天道様を見られますようにってお参りしてるの」

 聞くところによると、しぐれは肌の病気で晴れた日に太陽の下に出ることが出来ないらしい。かといって、この地では夜に子供が一人で出歩いていると赤い目のあやかしに攫われてしまうとまことしやかにささやかれていたので、夜に外出することを親が許すわけもない。厚い雨雲が日光を遮ってくれている時にだけ、安心して外に出られるそうだ。だから、こうして病気が治ることを神様に祈っている。

「治るといいね」

 僕はその話を聞いて心底そう思った。僕がそう思ったその時にはもう伊織は柏手を打って、神様にお願いしていた。

「しぐれの病気が治りますように」

 僕も伊織を追いかけるようにお願いした。僕たちの神社の神様は航海の安全を司る神様だから、そこまで融通を聞かせてくれるかどうかは半信半疑だった。

 しぐれもどこかのタイミングでそのことに気づいた。

「ここの神様は、私の病気治してくれないの?」

 とても悲しそうな目で僕たちに尋ねた。僕は何も言えなかった。

「航海の神様が健康の神様に言伝をしてくれるんだよ。俺たちが友達になったように、神様同士にも友達の輪があるんじゃないかな?」

 今となっては彼のこの言葉が真実だったのかは分からない。でも、あの時彼の言葉は確かにしぐれの心を救った。

 雨の日が来るたびに神社を訪れ、お参りをするだけでなく一緒に遊ぶようになった僕たち三人。海を見たことが無いと言うしぐれに、伊織は丁寧に海のことを教えた。雨の日に海に近づくと赤い目のあやかしに海の底に攫われてしまうという言い伝えがあったので、しぐれが海のことを知らないのは当然だった。

「海は青くて広いんだ」

 こんなありきたりなことしか言えない僕と違って、伊織は海の伝説にも詳しかった。

「海は塩辛くて、海の水はすごく栄養があるんだ。だから、浜辺にも海の中にもたくさん生き物がいるんだよ。俺たちが食べている魚は元々海で泳いでいて、もぐったら何百匹も何千匹も見ることが出来るんだ。海には波があるから、時々浜辺に打ち上げられる魚もいる。俺は見たことが無いけど海には人魚がいるって噂もあるんだって。人魚は上半身は体の外も中も人間と変わらないんだけど、下半身は魚と全く同じで、陸に打ち上げられると死んじゃうって村長さんが話してたよ」

「じゃあ、もし海に行けるようになったら、海にもぐって人魚さんとも友達になりたいな」

 しぐれは目を輝かせた。村の大人達に色々教えてもらえる伊織が羨ましかった。

 僕は大人たちが嫌いだった。一目見ただけでは僕たちを判別できない癖に、跡取り息子として丁寧に育てられた伊織ばかりを贔屓した。「伊織です」と名乗るだけで、周りの大人たちの接し方が明らかに変わることに辟易していた。

 伊織が神事をしていた雨の日のことだった。見比べられたらバレるかもしれないけれど一人なら騙せるかもしれない。人を疑うことを知らないしぐれをからかうつもりで僕の物より少し上等な伊織の服を着てしぐれを出迎えた。

「影丸は今日体調が悪くて寝てるんだ」

「影丸ちゃんはここにいるでしょ? 影丸ちゃんと伊織ちゃん、もしかしてお名前を交換したの? 伊織ちゃん、具合悪いの?」

 しぐれは僕の悪ふざけにひっかかることはなかった。しぐれだけが周りの人と違った。僕たち双子をしぐれは見間違うことはない。だからと言って、比較することもない。幼い時から長い時間を一緒に過ごした僕たちは深い絆で結ばれていた。