しぐれが泣き叫ぶ中、近年どころかここ三百年で最大なのではないかというほど台風は勢いを増す。空は見たことが無いほどに怪しい色に染まる。雲はどす黒く濁っている。

 その時、ふっと僕たちの目に飛行船が映った。飛行船が最後に飛んだのは十年以上前だ。どうして……。

 飛行船からは感じたことが無いほどの禍々しい妖気。それにこの暴風雨をものともしない。じっと、飛行船の窓を見つめると、たくさんの化物が乗っていた。人間のような姿の物と、本でしか見たことの無いような異形の物とが半々くらいだったが、彼らは皆、一様に赤い目をしていた。

 その中に一人、僕によく似た人影が手を振っていた。

「おいっ、しぐれ! あれ……」

 泣いているしぐれの肩を叩き、飛行船を指差す。見間違えるはずもない双子の片割れが笑顔で手を振っていた。

「伊織ちゃん……!」

 しぐれは裸足のまま飛行船を追いかける。僕もしぐれを追いかける。しぐれと伊織はずっと手を振り合っていたが、やがて海までたどり着き、飛行船は海の彼方へと飛んで行った。最後の最後で、伊織の唇が動く。

「ま・た・せ・ん・ね・ん・ご」

 その時、ふと幼き日の伊織の話を思い出す。

「この地には千年に一度百鬼夜行が通るんだ。古今東西のあやかしが集まって、この地を山から海に抜けていくんだ。そこにいるあやかしはみんな赤い目をしてるんだ」

 そうだ。伊織は最後にしぐれに優しい嘘をついただけで、僕と違って本来は正直者だ。百鬼夜行の話も本当だったんだ。

「随分と現代的な百鬼夜行だなあ、おい」

 僕は呆れてしまった。でも、しぐれはもう泣いていない。また伊織にいいところを持っていかれてしまった。

「なあ、どうせ千年後にまた伊織には会えるんだからさ、それまで笑って生きようぜ」

「うん」

 しぐれが振り返って微笑む。しぐれが人間でもあやかしでもなんでもいい、僕はしぐれが好きだ。

「とりあえず、文明開化の音がしてから百五十年も経ったことだし、西洋のダンスでも踊りませんか、レディ? なーんてね」

「何それ、おもしろい」

 しぐれがくすくすと笑いながらも手を取ってくれた。拙いながら、適当なステップで踊る。

 とりあえず、千年後までにちょっとは伊織に勝てるような男になりたいと思う。