しぐれは無力な人間なのに、戦火がこの地を焼き尽くしても伊織が眠るこの地を離れなかった。ずっとこの地で踊り続けた。

 船や飛行船が難破するような嵐の日にばかり踊るから、本来しぐれは何もしていないのに「あやかしが踊ると船が難破する」なんてふざけた噂すら生まれた。

「違う、違う、伊織ちゃんは嘘なんてつかない」

 再び山の方角に向かって踊ろうとしたしぐれを制止する。僕の紫の瞳にしぐれが、しぐれの青い瞳に僕が映る。僕ははっきりと告げた。

「会えないんだよ、伊織は三百年前に死んだんだ」

 「三百年」この言葉をはっきりと口にしたのは初めての事だった。伊織を失ったしぐれはきっと年月の感覚も曖昧になっている。何よりしぐれは僕が嘘をつくなんて微塵も思っていないから、今日まで僕がしぐれを騙して不老不死にしたことなんて気づかなかったのだろう。

 僕たち兄弟の嘘にしぐれはようやく気付く。しぐれが大声を上げて泣き始めた。子供のように泣いている。暴風よりも大きな声で、ただただ泣き続けた。

「伊織ちゃん、伊織ちゃん、伊織ちゃん」

 しぐれは永遠に伊織に会えない。そして、しぐれの目には永遠に伊織しか映らないことを知りながら、僕はしぐれの隣で生き続ける。これがしぐれを騙して傷つけた僕の罰。