不老不死の話を教えてくれたのは伊織だった。伊織は予知で見た景色を僕にだけ話した。

「村長さんさ、人魚の肺を食べて不老不死になったみたいだけど痛みは感じるみたいだね。明後日包丁で指切って、大騒ぎするよ」

 あの日見た人魚の死体には臓物が抜き取られた痕跡があったことを思い出す。

「死なないのにやっぱり痛いのは怖いみたいだね。二百年後くらいにここは戦火で焼かれるんだけど、村長さんも漁師の加吉さんも大慌てで山奥まで移り住んじゃったよ」

 それらの言葉に対して僕は、伊織が村長や村長に人魚を売った漁師を恨んでいるのかどうか聞けなかった。少しでも伊織の溜飲が下がるのなら、伊織の心が晴れるのならと無力な僕は願うしかできなかった。

 当然そんな話はしぐれにはしていない。もちろん、いくら伊織との約束を破って伊織が人魚を食べたことをばらしても、なぜ伊織が人魚を食べたのかの部分は話さなかった。

 伊織という半身を失った日、しぐれを失うことが怖くなった。だから、しぐれを騙して不死の体を手に入れさせることを決めた。肺を一つずつ分け合って、一緒に不死になる。そして、僕が心臓を食べて妖術を使えるようになれば、しぐれを守れると。

 僕が大好きだったしぐれの黒い瞳は青くなった。それは外国人の瞳ともまた違う、明らかに人間の物ではない模様を描く不思議な輝き方をする青だった。それでも、村長のにごった青色なんかとは比べ物にならないほど美しい青だった。

 僕の瞳は紫色に変わった。ちょうど伊織の赤色としぐれの青色をまぜたような紫の瞳。過去にこんなあやかしがいたのかどうかは分からない。少なくとも後天性のあやかしには不老不死かつ妖術が使える輩はほとんどいないと思われる。

 人魚が発見されることは滅多にないし、内臓はともかくとしてその肉は美味であると伊織は言っていた。人魚が採れれば奪い合いになることは必至だ。運よく一人で発見し、誰かに見つかる前に捌かないと心臓と肺を独り占めすることなんてできないだろう。

 僕は間違いなくあやかしになったし、伊織もあやかしだった。でも、不老不死になったはいいものの妖術を使えない村長や漁師の加吉、そしてしぐれはあやかしなのだろうか?僕はその答えを三百年出せないままだった。

 でも、こうして妖術に素直に驚く無垢なしぐれを目にしてようやく答えが出た。しぐれは人間だ。ただ寿命が長いだけの、晴れの日に外に出ることすらできない人間だ。