吸血鬼も狼男も全部いっしょくたにしてあやかしと呼ぶようになったのはいつ頃からだろう。少なくとも日本の西のはずれのこの地であやかしと言えば、どこからともなく現れて踊り出し、船を難破させる妖怪のことを指していた。

 沈没させた船は大海原を航海するものに限らない。技術が発展し、船が空を泳ぐようになればあやかしは飛行船をもその妖術の標的とした。

 そんな伝承も風化されつつある令和の世、一人の少女は今日も雨の中踊り続ける。近年最大の台風が接近し、電車が計画運休するほどの大雨の日だった。

 コンクリートの街で喪服に身を包んで裸足で踊る少女は人々の注目を集めた。雨の日になるといつも現れる少女はちょっとした噂になっていた。しかし、今日は電車も止まっているので、一刻も早くタクシーを拾って帰ろうとする人々はちらりと彼女を見て、スマートフォンのシャッターを一回切った後は足早に去って行った。

 青い瞳の少女は踊る。彼女の見つめる方角はいつだって海と反対側だった。高層ビルが邪魔で水平線は見えないけれども、彼女は海まで歩いて行けるこの地で必ず海を背にして踊った。彼女の視線をたどると、大雨で視界は遮られてはいたもののぼんやりと山の影が見えた。

「なあ、しぐれ。風強いから帰ろうよ」

 僕の声は彼女、しぐれには届かない。

「一昨年の台風の時、事故に遭ったの忘れたのかよ」

 これより少しだけ小さな台風がこの地を襲った時、しぐれは雨でスリップした自転車に衝突され怪我をした。痛い痛いと苦しみながらも、必死に涙をこらえていたしぐれの姿はもう見たくない。

 でも、僕が何を言ってもしぐれは一心不乱に踊り続ける。彼女の唇が呟くのは僕への返事ではない。

「伊織ちゃん、伊織ちゃん」

 突如、強風で飛ばされてきたビニール傘の残骸が彼女を襲う。鋭利な凶器となった金属製の骨が彼女に刺さりそうになったその時、僕はとっさに彼女に覆いかぶさった。

「しぐれ、もうやめよう」

 しぐれはきょとんとして僕を見つめた。彼女の青い瞳はマーブル模様のグラデーションを描いている。その模様が生き物のように蠢きながら、妖しく光を放つ。その光は人でない何かの物だった。

「影丸ちゃん……」

 僕を呼ぶ彼女の声は昔と何一つ変わらないはずなのに、彼女も僕も変わってしまった。