「お前……」
紗里を平手打ちをした女子の目が、赤黒い光を帯びる。
──とてつもなく怒っている。このままだと危ない。
わかっているのに、紗里には言葉を止められなかった。
「いくら霊力があったって、すごいあやかしだって、勝手に決めつけて見下して暴力を振るってくるような人に侮辱される理由なんてない! いい加減にしてください!」
「……いい加減にするのは、お前の方よ!」
はっきりと、彼女の目に憎悪が宿った。
彼女が手を上げると、その手のひらに赤黒い炎が起こる。
「……鬼塚さま!」
取り巻きの一人が、流石にそれはまずいと思ったのか声をあげるが、彼女の怒りを表すように炎は強さを増し──手の動きに合わせて、ごうっと勢いよく紗里へと迫る。
「……っ!」
いくら人妖共学とはいえ、安全なはずの学内で、妖術で攻撃されるなんて。
妖術をまともに食らった人間は、怪我で済むのだろうか。それとも、ここで命を落とすのだろうか。
迫ってくる炎を前に、身体が動かない。なのに、感覚はやたらと研ぎ澄まされているのか、すべての景色がスローモーションのように見えた。
(ごめんなさい……)
無理はするなと言った兄の声。心配そうだった両親の姿。
そして、「お守り?」と少し笑いつつブレスレットをくれた悠永のこと。
まるで走馬灯のように次々と記憶が蘇った、そのときだった。
紗里の肌を舐めかけた炎はふっとかき消え、鬼塚と呼ばれた女子が驚愕に目を見開く。
「……何をしている」
低く、怒気を孕んだ声が背後から響き、紗里はぎこちない動きで振り返った。