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周囲を警戒しつつ旧校舎のエリアを出た悠永は、足取り軽く進んでいた。
(あれが、〝零力〟の白沢紗里か)
何か毒物──というより、症状からして媚薬の類だろう。何かしらの強力な薬物を盛られたことに気づいた悠永は、症状が収まるまでどこかに潜んでやりすごそうと旧校舎裏へ向かった。
そこで彼女の姿を見た時は、薬を盛ったのはまさかこいつか?と思ったが、心配しか読み取れない表情を見て、すぐにそうではなさそうだと気づく。
しかし、同時に焦り出した。
(こいつ、確か、霊力がないって騒ぎになってた……?)
悠永とはまったく違う意味で一躍有名人になってしまった紗里。悠永も噂を耳にし、遠目にだが姿を見たことがあったので、顔くらいは知っていた。
(クソ、こいつが今の俺に近づいたら当てられる──!)
悠永の力はただでさえ強い。まして、今は薬の影響で力の制御がしきれていない状態だ。
力を抑える装飾具は身につけているものの、完璧ではない。
霊力が相当強い特別クラスの生徒やあやかしですらも、悠永の力が強く漏れ出ると影響を受けることがある。霊力がない彼女ではひとたまりもないはずだ。
「……っ、近づくな!」
怒鳴ると、くらっと目眩がした。
思わず膝をついた直後、「すみません、ちょっと失礼します」と、少し低めの涼やかな声が耳に届く。
離れろと言いたいが、もはや手遅れだろうか。
彼女の意思に関わらず、酩酊したように迫らせてしまうのかと思うと、薬を盛った犯人にも、気づかずにどこかで摂取してしまった自分にも、ますます腹立たしさが湧いてきた。
ところが……彼女に酩酊している様子はなく、心配そうな表情のままで額へと手を伸ばす。
さらには、ひんやりとした手が触れた途端に熱がすっと引いたので、悠永は驚きに目をみはった。
(……? なんだ、今のは……)
しかし、心地よい手はすぐに離れてしまう。
「待っててください、すぐ先生を呼んでくるので!」
「いや、いい」
反射的に、彼女の手を掴んでいた。
(ただ、少し体温が低くて気持ちいいだけじゃない。やっぱり……こいつに触れると、楽になる気がする)
試しに抱き寄せてみると、くらくらとしていた頭や身体から熱が徐々に抜けていくような心地がする。
楽になったことで余裕ができ、霊力を集中させて薬の影響を排除すると、悠永はほっと息をついた。
(霊力がないと普通は強い力に当てられるもんだが、あいつはゼロすぎて何も感じ取れないのか? でも、あの心地よさはなんだ)
紗里との会話や、その時々の様子を思い出すと、興味が尽きない。
背中に少しかかるきれいな黒髪。派手な美貌ではないが、優しく整った顔立ち。
白い撫子のような繊細で楚々とした雰囲気があるが、かといって弱々しい印象はなく、むしろ意思は強そうな印象を受けた。
「……紗里」
よろよろと旧校舎を支えに歩いていたときは、妙な薬を盛ってきた犯人を必ず突き止めて、二度と関われないようにしてやると怒りに燃えていたのに、今やすっかり悠永の関心は紗里へと移っていた。