いつも以上に慎重に、周囲を警戒しながら裏庭へ向かう。
ベンチにぐったりと腰掛け、薄曇りの空を見上げていたときだった。
不意に背後から足音が聞こえて、紗里は急いで身をかがめる。
さっきの男子たちにつけられていたのかと警戒して、植え込みの陰から足音の方を窺うが──そこにいたのは、予想外の人物だった。
まず目がとまったのは、その長身。
旧校舎の壁に手をついて歩きながらも、一九〇センチ近くありそうな大柄さがわかる。
濃いグレーのような独特の色の短髪はやや硬質。
鋭い印象ながらも、恐ろしいほどに整った顔立ちは、紗里も何度か遠目に見たことがある有名人のものだ。
──大神悠永。
名字が示すように妖狼で、古くは霊峰の守り神として祀られるほどの一族だと聞いたことがある。
あやかしの中でも有数の名家で、磐境学園の三年生。
その美麗な容姿もあって、あやかしとの縁を求める生徒たち、特に女子の注目の的だ。
(なんで大神先輩がこんなところに……?)
引き続き警戒しつつ様子を窺っていた紗里は、彼の様子がおかしいことに気づいた。
どこか具合が悪いのか、足取りはふらついていて、旧校舎の壁を支えに歩いているような状態だ。頬は紅潮していて、表情は険しい。
(熱でもあるのかな)
心配になって、身を隠すのをやめ、立ち上がる。
すぐさま、悠永の視線が紗里へと向けられた。
「……っ、近づくな!」
鋭く言われて、紗里は身をすくませる。
しかしその直後、彼がふらついたかと思うとがっくりと膝をついたので、慌てて駆け出した。
「だ、大丈夫ですか……!?」
そばにしゃがみ込んで、肩を軽く揺する。
返事は舌打ちだけで、濃灰の髪の間から、満月のような黄金に染まった虹彩が紗里を睨みつけた。
「……っ」
あまりの迫力に気圧されそうになるけれど、こんなに具合の悪そうな人を放っておくわけにもいかない。
「すみません、ちょっと失礼します」
手の甲で彼の額に触れると、明らかに高い体温が伝わってくる。
「待っててください、すぐ先生を呼んでくるので!」
紗里は弾かれたように立ち上がり、駆け出そうとしたが──その手を、しっかりと掴まれて動けなくなった。