「…何だか、妬けるな」
「いや何故ですか」
隣に座する美丈夫に、彼女はすかさずツッコミを入れていた。むうと唇を尖らせてむくれた表情を見せる辺り、まるで子供である。これでも神話の時代から在り続ける神様なんだけれどなあと彼女は思う。
青年にしか見えない彼こそが、彼女を人神にと指名した張本人(神)。白銀命である。
彼女が人神となって松の内も終わったある夜の事。白銀命は彼女の夢の中に出てきたのである。夢の中と言えど自由に動く事はできたので、高位の神への礼儀として、彼女はとりあえず平伏しようと膝をついたのだが、そんな事はしなくていいと止められた。
何用かと話を聞いてみれば、自分が直々に指名したからと彼女に会いに来たらしい。本来ならもっと早くに来るべきだったし、直に顔合わせをするべきなのだが、年の瀬の忙しさで遅くなってしまった事、また夢を通しての顔合わせになってしまい申し訳ないと言われてしまった。
以来、夢の中で会う夜が続いている。
こうも高位の神が何故自分に会いに来るのか彼女は怪訝に思ったが、要するに自分が指名した人間が上手くやれているかを見に来ているのだろう、現代の企業で言えば1on1のようなものかと彼女は納得していた。
白銀命は、神通力が人間の彼女の身体に負担になっていないか、神域での生活に不自由はしていないかなど訊いてくるので、目をかけてくれる優しい神様なのだろうと彼女は感謝すらしている。
今日は今日で、掬水即ち御神刀を迎えた話をしたのだが、どういう訳か拗ねられてしまった。
白銀命は、彼女より上背があるにも関わらず上目遣いをするという器用な仕種を見せる。
「だって、一緒に住んでいるんでしょう?」
彼女は「それは」と当然の口調で返した。
「御神刀が神社にいないとおかしいですし」
「その彼、かっこいい?僕よりも?」
「いや三次元の異性の『醜』はともかく『美』はよくわかりません。まあ少なくとも、私の母や妹にはいたく好評でしたが」
「ご家族に紹介もしたの!?」
「はあ。新しい仲間が増えたのは、大きな変化だと思いましたもので」
そう。取り急ぎ、スマートフォンのビデオ通話の機能を使用して、佳乃と紫苑に掬水を紹介したのだ。
『うわ超イケメンじゃん!その辺のモデルとか俳優とかより超かっこいい!』
『こんな美少年見た事ないよ!初めまして!』
「え、ええと…。気さくな御母堂様とお妹君ですね…」
画面の向こうから熱烈に容姿を褒められ手を振られ困惑気味の掬水に、彼女は何の事も無さそうに返した。
「まあ日本刀て武器武具であると同時に美術品芸術品ですし、要は最初から『美しくある』ように作られているんですから、その美しさを人間の姿に反映した場合、我々人類にとって『好ましい』と思う外見になるでしょう」
「あ、ありがとうございます…」
彼女の家族と掬水の顔合わせは、このような感じだった。
なお掬水をイコマ・ニコマと宮司達に紹介した際も、特に巫女達は溜め息交じりに囁き合いながら、熱い眼差しを掬水に向けていた。
関係者各位への紹介は当たり前だと思ったからこそやった事なのだが、何故か白銀命はいたくショックを受けているようである。
「その上デートもしているなんて…」
「いや社会科見学ですから」
彼女は、彼女からすれば懐かしい単語を出して訂正した。
「掬水君は幕末生まれですよ?ジェネレーションギャップ…環境も習慣も何もかも違うから、馴染むのが大変です」
なので彼女は手始めに、自分の意識を通して掬水に現代の知識をインストールした。しかし、知識と経験は全く別物である。
「御神刀としての活躍を期待してはいますが、全然知らない世界でいきなり仕事を任せるのは酷というものですからね。いや私だったら無理です」
自分に置き換えて考えて、彼女は改めて言った。
「なので、現代社会に馴染む事ができるように、色々連れ出してるだけですよ。まあ私自身が東京都は上野を気に入っているのもありますけど。そもそも上野駅近辺が、教育にいい施設が揃っていますからね」
つまり各種美術館や博物館を指している。
「現代の商業施設は勿論ですが、色々な国のお料理を食べられるお店も軒を連ねていますし。うーん。社会科見学と遠足を足したみたいなものです。なので気分は引率の先生ですよ」
余談だが、掬水と共に街中を歩いていると、掬水が女性に声をかけられたり、スカウトと思しき人物に「モデルに興味ない?」と言われたりする事が多い。
彼女は生まれながらの人間として、『人として在る』事は初めてである掬水の保護者であるとも自認しているので、どうにかかわしてはいるが。
「…大切にしているんだね。ボロボロの子を拾って、綺麗にして、お世話をして」
「いや拾ったと言いますか、見付けたのは偶然ですし。世話をしたりするのは、御神刀となってもらう上で当たり前の事をしているだけですよ」
やはり何の事も無さそうに答える彼女を眩しそうに見て、白銀命は呟いた。
「そういう所は、昔から変わらないね」
「いや何故ですか」
隣に座する美丈夫に、彼女はすかさずツッコミを入れていた。むうと唇を尖らせてむくれた表情を見せる辺り、まるで子供である。これでも神話の時代から在り続ける神様なんだけれどなあと彼女は思う。
青年にしか見えない彼こそが、彼女を人神にと指名した張本人(神)。白銀命である。
彼女が人神となって松の内も終わったある夜の事。白銀命は彼女の夢の中に出てきたのである。夢の中と言えど自由に動く事はできたので、高位の神への礼儀として、彼女はとりあえず平伏しようと膝をついたのだが、そんな事はしなくていいと止められた。
何用かと話を聞いてみれば、自分が直々に指名したからと彼女に会いに来たらしい。本来ならもっと早くに来るべきだったし、直に顔合わせをするべきなのだが、年の瀬の忙しさで遅くなってしまった事、また夢を通しての顔合わせになってしまい申し訳ないと言われてしまった。
以来、夢の中で会う夜が続いている。
こうも高位の神が何故自分に会いに来るのか彼女は怪訝に思ったが、要するに自分が指名した人間が上手くやれているかを見に来ているのだろう、現代の企業で言えば1on1のようなものかと彼女は納得していた。
白銀命は、神通力が人間の彼女の身体に負担になっていないか、神域での生活に不自由はしていないかなど訊いてくるので、目をかけてくれる優しい神様なのだろうと彼女は感謝すらしている。
今日は今日で、掬水即ち御神刀を迎えた話をしたのだが、どういう訳か拗ねられてしまった。
白銀命は、彼女より上背があるにも関わらず上目遣いをするという器用な仕種を見せる。
「だって、一緒に住んでいるんでしょう?」
彼女は「それは」と当然の口調で返した。
「御神刀が神社にいないとおかしいですし」
「その彼、かっこいい?僕よりも?」
「いや三次元の異性の『醜』はともかく『美』はよくわかりません。まあ少なくとも、私の母や妹にはいたく好評でしたが」
「ご家族に紹介もしたの!?」
「はあ。新しい仲間が増えたのは、大きな変化だと思いましたもので」
そう。取り急ぎ、スマートフォンのビデオ通話の機能を使用して、佳乃と紫苑に掬水を紹介したのだ。
『うわ超イケメンじゃん!その辺のモデルとか俳優とかより超かっこいい!』
『こんな美少年見た事ないよ!初めまして!』
「え、ええと…。気さくな御母堂様とお妹君ですね…」
画面の向こうから熱烈に容姿を褒められ手を振られ困惑気味の掬水に、彼女は何の事も無さそうに返した。
「まあ日本刀て武器武具であると同時に美術品芸術品ですし、要は最初から『美しくある』ように作られているんですから、その美しさを人間の姿に反映した場合、我々人類にとって『好ましい』と思う外見になるでしょう」
「あ、ありがとうございます…」
彼女の家族と掬水の顔合わせは、このような感じだった。
なお掬水をイコマ・ニコマと宮司達に紹介した際も、特に巫女達は溜め息交じりに囁き合いながら、熱い眼差しを掬水に向けていた。
関係者各位への紹介は当たり前だと思ったからこそやった事なのだが、何故か白銀命はいたくショックを受けているようである。
「その上デートもしているなんて…」
「いや社会科見学ですから」
彼女は、彼女からすれば懐かしい単語を出して訂正した。
「掬水君は幕末生まれですよ?ジェネレーションギャップ…環境も習慣も何もかも違うから、馴染むのが大変です」
なので彼女は手始めに、自分の意識を通して掬水に現代の知識をインストールした。しかし、知識と経験は全く別物である。
「御神刀としての活躍を期待してはいますが、全然知らない世界でいきなり仕事を任せるのは酷というものですからね。いや私だったら無理です」
自分に置き換えて考えて、彼女は改めて言った。
「なので、現代社会に馴染む事ができるように、色々連れ出してるだけですよ。まあ私自身が東京都は上野を気に入っているのもありますけど。そもそも上野駅近辺が、教育にいい施設が揃っていますからね」
つまり各種美術館や博物館を指している。
「現代の商業施設は勿論ですが、色々な国のお料理を食べられるお店も軒を連ねていますし。うーん。社会科見学と遠足を足したみたいなものです。なので気分は引率の先生ですよ」
余談だが、掬水と共に街中を歩いていると、掬水が女性に声をかけられたり、スカウトと思しき人物に「モデルに興味ない?」と言われたりする事が多い。
彼女は生まれながらの人間として、『人として在る』事は初めてである掬水の保護者であるとも自認しているので、どうにかかわしてはいるが。
「…大切にしているんだね。ボロボロの子を拾って、綺麗にして、お世話をして」
「いや拾ったと言いますか、見付けたのは偶然ですし。世話をしたりするのは、御神刀となってもらう上で当たり前の事をしているだけですよ」
やはり何の事も無さそうに答える彼女を眩しそうに見て、白銀命は呟いた。
「そういう所は、昔から変わらないね」