彼の意識が浮上して最初に見たのは、自分を覗き込む若い娘の顔だった。

「気が付きましたか。痛い所はありませんか?なるべく綺麗にしたのですが。何せ錆っび錆びだったので」
『…貴方が、わたくしを見付けて下さったのですか…?』

彼に当たり前のように話しかけてきた彼女は、彼の声に何の事も無さそうな顔で「ええ」と首肯した。

「ただ朽ち行くままなのは痛そうだと思ったものですから。持ち主はわかります?時代的に冥界の住民になっているかと思いますけど。よろしければ、動けるように人の身体を与えますよ。多分ですけど…そうですね。御山に行けば木霊さん辺りが冥界に案内してくれますよ。御山は冥界への入り口があると言われてもいますし。一番近い御山も、良かったら教えますから。なんでしたら送ります。現代の移動手段は知らないものが多いでしょうし」
『え?え?ええと…』

この娘さんが彼をまるで一人前の人間のように扱い、至って親切にしようとしてくれているのはわかる。だが、あまりにも状況が急すぎて彼は追い付けない。

『あ、あの。わたくしは何故目覚める事ができたのでしょうか?何よりその、失礼ながら、貴方は一体…』

彼女は気分を害した様子も無く「ああ」と声を上げた。

「確かに、付喪神の目から見ても、私は奇妙に見えるでしょうね。いや。今の君に生物で言う所の『目』に該当する器官はありませんけど」

人間だったら頷いている所である。何せ彼は刀なのだから。
そんな彼が認識する彼女は、人のような神のような、両者の特徴が混ぜこぜになっているような雰囲気を持っている。
彼女は片手を胸に当てた。

「私は只の人間ですが、神に指名された者。言うなれば、まあそのままですが『人神』です。この縁結びの神社の引き継ぎをやっています。まあやっているのは縁結び前提の縁切りですが」
『え、縁結び前提の縁切り?縁結びの神社なのにですか?』

彼女は至極大真面目に答えてくれているのだとわかるのだが、何を言っているのか訳がわからない。

『…あの。差し支えなければですが、貴方が何者なのか…人でありながら何故神になったのかなど…御事情をお伺いしてもよろしいですか?引き継ぎだとか縁切りだとか…わからない事が多すぎて』
「なるべくかいつまんで話しますが、長くなるとは思いますよ。それでも良ければ」
『お願い致します』

彼女は「そうですね」と思いを馳せる表情になった。