「こうやって、直に顔を合わせるのは初めてだね」
神社の広間は上座に座する白銀命は、平伏する彼女達に顔を上げるように言って切り出した。彼女は「はい」と応じる。
「改めまして、この度推薦を頂きました人神です。こちらは御神刀として迎えました掬水、こちらは神社の番を任せておりますイコマとニコマ。そして私を助けて下さる神主の皆さんです」
流石に本物の神、それも高位の存在を見るのは初めてらしい。宮司一同は色を失っている。掬水もまた、同じ付喪神と言えどまるで比較にならぬあまりの神威に緊張しているようだった。
「うん。話を聞いた事がある子達だね」
「早速ですが、今回は何の御用で見えたのか、お伺いしてもよろしいでしょうか。私は何かしてしまいましたか?」
彼女が一番思い当たるのは、『自分が何かをしでかした』である。しかし同時に、心当たりは全く無い。良縁を結ぶ事を前提に悪縁をひたすら絶ってはいるが、神としては至って普通の活動だと思っている。
しかし白銀命は「そうじゃないよ」と優しく返した。
「君が、神議りに出ないと聞いたから」
「はい。元が只の人間、かつ縁切りをしている不吉な存在はいない方が無難かと思いましたので」
「それはより良い縁を結んで、その縁が良い形で続くように考えての事だよね?」
「確かに仰る通りです。しかし、私の素性とやっている事を不快に思う方は、一定数おいでかと」
白銀命は、悲しげに柳眉を下げた。
「今年の神議りで皆に君を紹介するつもりでいるし、何より、僕の奥さんが自分の事をそんな風に言うのは、僕は悲しい」
「はい?」
さりげない一言に、彼女を始め一同は疑問符を上げた。
白銀命は、はにかむような表情で彼女を見る。
「僕はね。君をお嫁さんにするつもりでいるんだ」
「何故私?」
奇しくもイコマ・ニコマに人神に指名されたのだと言われた時と同じ問いになった。
白銀命は、驚いたように身を乗り出す。
「だって、いつもデートしているよね?夢の中だけど」
「いやあれ1on1…業務の調子を聞き出す為の面談じゃないんですか?」
「夢の中で会ってらしたのですか!?」
『夢で逢瀬を!?』
思わずといった調子で口を開く掬水にイコマ・ニコマと、目をむく神主一同を軽く振り返り、彼女は片手で手刀を切った。
「あーすみません。夢と言えど最高存在と会っているなんて驚かせると思ったから、言わないでいたんです」
「…どうやら、至ってビジネスライクに捉えられていたようですね」
白銀命の横に控える羽々矢と名乗った従者が、『沈痛』としか表現しようの無い表情と口調で告げた。
白銀命は困ったように、形の良い眉を下げた。
「好きでないと、会いになんて行かないよ?夢の中だけど」
「いや。そもそも仕事だと上司に当たると思ってますので、そういう前提自体を思い付かないです」
「君を神に指名したのは、勿論君の器量を見込んでの事だけど、神としての実績を積んでもらって、いずれは正式に神の仲間入りをしてもらって、ずっと一緒にいられるようにしようと思っていたのに」
「いやめっちゃ私情込みの人事ですか」
次々に明かされる事実に反応できているのは彼女くらいである。
「要するに人神指名は結婚が前提だったんですか?」
「うん。人の身のままだと絶対に断られると思ったし、何より、寿命が限られているし」
白銀命は、悲しげに目を伏せた。彼女は「えーと」と頭痛を堪えるような表情で、こめかみに人差し指を当てている。
「事情は把握しましたが、私はそもそも結婚だの恋愛だのに夢も希望も持っていません」
『そうだったのですか!?』
イコマ・ニコマを始め全員が驚いて彼女を見たが、彼女はマイペースに返す。
「私自身が興味が無いだけですよ。でも、そこはそれ。世の中には良縁が必要な人もいますから、仕事としてはきちんとこなします。それだけです」
彼女は白銀命に視線を戻した。
「第一、人神という役目を与えられた以上、やらないといけない事が沢山ですから、結婚なんて考えられません。色々言いましたけど、こうやって拒絶したら、私や神社の関係者は何かされるんですか?」
「そんな!しないよ!」
白銀命は慌てて首を横に振った。
「君に僕を好いてもらって、君の意志で僕の元へ来てくれないと」
「いやですから仕事上の間柄が前提ですし、そもそも三次元の相手と恋愛する機能は、私には搭載されていませんから」
二次元なら愛する者が佃煮にできる程いるのだが。彼女は生粋のオタクである。
「…あの。人間のような事を申しますが、やりもしない内から諦めるのはどうかと」
羽々矢が控え目に口を挟んだ。
「主様。これは、この上なく名誉なお話だと、わたくしは思いますが」
「名誉だって思える価値観を持っていればの話ですけどね」
掬水に彼女は変わらぬマイペースで応じた。
『そうです!まずはお友達からは如何でございましょう!』
『人間の恋の始めは、そのようにすると聞いた事がございます!』
「イコマさんとニコマさんまで?」
如何にも「いい事を思い付きました!」といった表情のイコマ・ニコマがした提案に、白銀命の顔が輝いた。すすすすと上座から彼女に近寄り、彼女の手をそっと握って顔を覗き込む。
「いきなりが無理なら、まずはお友達からで始められないかな?」
羽々矢が応援するかのように両の拳を握っている。掬水も似たようなものだ。イコマ・ニコマは期待に満ちた顔で尻尾をぱたぱたと振っている。後ろから宮司が「何事も経験ですよ」と小さく告げた。
「…上司という前提から切り替えるのが時間がかかりますが、わかりました」
観念した顔で彼女が言うと、一同はわっと湧く。
安堵の表情で息をついた白銀命は、にっこりと彼女に笑いかけた。
「神議りにはきちんと出てね」
「…はい」
かくして、一風変わった付き合いは、それは賑やかに始まったのである。
神社の広間は上座に座する白銀命は、平伏する彼女達に顔を上げるように言って切り出した。彼女は「はい」と応じる。
「改めまして、この度推薦を頂きました人神です。こちらは御神刀として迎えました掬水、こちらは神社の番を任せておりますイコマとニコマ。そして私を助けて下さる神主の皆さんです」
流石に本物の神、それも高位の存在を見るのは初めてらしい。宮司一同は色を失っている。掬水もまた、同じ付喪神と言えどまるで比較にならぬあまりの神威に緊張しているようだった。
「うん。話を聞いた事がある子達だね」
「早速ですが、今回は何の御用で見えたのか、お伺いしてもよろしいでしょうか。私は何かしてしまいましたか?」
彼女が一番思い当たるのは、『自分が何かをしでかした』である。しかし同時に、心当たりは全く無い。良縁を結ぶ事を前提に悪縁をひたすら絶ってはいるが、神としては至って普通の活動だと思っている。
しかし白銀命は「そうじゃないよ」と優しく返した。
「君が、神議りに出ないと聞いたから」
「はい。元が只の人間、かつ縁切りをしている不吉な存在はいない方が無難かと思いましたので」
「それはより良い縁を結んで、その縁が良い形で続くように考えての事だよね?」
「確かに仰る通りです。しかし、私の素性とやっている事を不快に思う方は、一定数おいでかと」
白銀命は、悲しげに柳眉を下げた。
「今年の神議りで皆に君を紹介するつもりでいるし、何より、僕の奥さんが自分の事をそんな風に言うのは、僕は悲しい」
「はい?」
さりげない一言に、彼女を始め一同は疑問符を上げた。
白銀命は、はにかむような表情で彼女を見る。
「僕はね。君をお嫁さんにするつもりでいるんだ」
「何故私?」
奇しくもイコマ・ニコマに人神に指名されたのだと言われた時と同じ問いになった。
白銀命は、驚いたように身を乗り出す。
「だって、いつもデートしているよね?夢の中だけど」
「いやあれ1on1…業務の調子を聞き出す為の面談じゃないんですか?」
「夢の中で会ってらしたのですか!?」
『夢で逢瀬を!?』
思わずといった調子で口を開く掬水にイコマ・ニコマと、目をむく神主一同を軽く振り返り、彼女は片手で手刀を切った。
「あーすみません。夢と言えど最高存在と会っているなんて驚かせると思ったから、言わないでいたんです」
「…どうやら、至ってビジネスライクに捉えられていたようですね」
白銀命の横に控える羽々矢と名乗った従者が、『沈痛』としか表現しようの無い表情と口調で告げた。
白銀命は困ったように、形の良い眉を下げた。
「好きでないと、会いになんて行かないよ?夢の中だけど」
「いや。そもそも仕事だと上司に当たると思ってますので、そういう前提自体を思い付かないです」
「君を神に指名したのは、勿論君の器量を見込んでの事だけど、神としての実績を積んでもらって、いずれは正式に神の仲間入りをしてもらって、ずっと一緒にいられるようにしようと思っていたのに」
「いやめっちゃ私情込みの人事ですか」
次々に明かされる事実に反応できているのは彼女くらいである。
「要するに人神指名は結婚が前提だったんですか?」
「うん。人の身のままだと絶対に断られると思ったし、何より、寿命が限られているし」
白銀命は、悲しげに目を伏せた。彼女は「えーと」と頭痛を堪えるような表情で、こめかみに人差し指を当てている。
「事情は把握しましたが、私はそもそも結婚だの恋愛だのに夢も希望も持っていません」
『そうだったのですか!?』
イコマ・ニコマを始め全員が驚いて彼女を見たが、彼女はマイペースに返す。
「私自身が興味が無いだけですよ。でも、そこはそれ。世の中には良縁が必要な人もいますから、仕事としてはきちんとこなします。それだけです」
彼女は白銀命に視線を戻した。
「第一、人神という役目を与えられた以上、やらないといけない事が沢山ですから、結婚なんて考えられません。色々言いましたけど、こうやって拒絶したら、私や神社の関係者は何かされるんですか?」
「そんな!しないよ!」
白銀命は慌てて首を横に振った。
「君に僕を好いてもらって、君の意志で僕の元へ来てくれないと」
「いやですから仕事上の間柄が前提ですし、そもそも三次元の相手と恋愛する機能は、私には搭載されていませんから」
二次元なら愛する者が佃煮にできる程いるのだが。彼女は生粋のオタクである。
「…あの。人間のような事を申しますが、やりもしない内から諦めるのはどうかと」
羽々矢が控え目に口を挟んだ。
「主様。これは、この上なく名誉なお話だと、わたくしは思いますが」
「名誉だって思える価値観を持っていればの話ですけどね」
掬水に彼女は変わらぬマイペースで応じた。
『そうです!まずはお友達からは如何でございましょう!』
『人間の恋の始めは、そのようにすると聞いた事がございます!』
「イコマさんとニコマさんまで?」
如何にも「いい事を思い付きました!」といった表情のイコマ・ニコマがした提案に、白銀命の顔が輝いた。すすすすと上座から彼女に近寄り、彼女の手をそっと握って顔を覗き込む。
「いきなりが無理なら、まずはお友達からで始められないかな?」
羽々矢が応援するかのように両の拳を握っている。掬水も似たようなものだ。イコマ・ニコマは期待に満ちた顔で尻尾をぱたぱたと振っている。後ろから宮司が「何事も経験ですよ」と小さく告げた。
「…上司という前提から切り替えるのが時間がかかりますが、わかりました」
観念した顔で彼女が言うと、一同はわっと湧く。
安堵の表情で息をついた白銀命は、にっこりと彼女に笑いかけた。
「神議りにはきちんと出てね」
「…はい」
かくして、一風変わった付き合いは、それは賑やかに始まったのである。