後日、遠十郎のところへ時仁と共に報告に行ったところ、先日の依頼で治療した成海が来ていた。
「まあ、早苗さんと時仁さんではありませんか!ここでお会いできるなんて!」
時仁がよっと手を振って愛想良く笑うと、成海も嬉しそうに手を振り返してくれる。
「成海さん、もうお元気になられたのですね」
「ええ。本当に、早苗さんたちには感謝しています。これも、遠十郎さんが日和堂を紹介してくださったおかげですね」
成海は、先の件での感謝を述べるため、遠十郎に挨拶に来ていた。
その後で日和堂にも寄ろうとしていたらしく、ここで会えてちょうどよかった。
もうすっかり元気になったようで、いい笑顔を見せてくれる。
「俺はただ紹介しただけさ。ともかく、成海さんが元気になって本当によかった」
「遠十郎さん・・・・・・!」
成海が遠十郎に向ける視線は夢見る乙女のものだったが、肝心の本人にはまったく届いていない。
思わせぶりな優しい態度を取っておきながら、本人は恋愛をまるで解さないのだから、今だって成海の気持ちにこれっぽっちも気づいていない。
罪な男だと早苗は内心思いつつ、冷ややかな視線を送っておき、成海が帰った後にようやく本題に入る。
遠十郎と別れたあと、六檀天山と邂逅したという話。
彼から、誘いを受けたという話。
全て聴き終わった後、遠十郎はふむと声をこぼした。
「まさか早苗の所にも来ていたとはな・・・・・・」
すっかり頭を抱えている。
ということは、早苗以外にも遭遇した祓い師がいるということか。
「あの野郎、他の祓い師のところにも来たのか?」
「ああ。複数名報告は聞いているが、早苗のところに現れた赤毛の青年とは少し違うな。妙齢の女性だとか、腰の曲がった老人だったりとか」
恐らく、そのどれもが式神を使った実体のない幻影のようなものなのだろう。
「だが、これで六檀は仲間割れを狙っていると見て間違いないな。六檀の目論見通りにさせてたまるものか。次の会合で皆と話し合わなければな」
呪詛を人にばらまくような人間だ。
祓い師たちが内部分裂する様を見て楽しみたいというあくどい思考が透けて見える。
「あ、そうだ。遠十郎、これあげる」
時仁が思い出したように差し出したのは、ひしゃげてぼろぼろになった式神の形だ。
「六檀が置いてった式神。俺の霊力でぐちゃぐちゃになったけど」
「お、おお・・・・・・。いつ見ても時仁の霊力は凄まじいな。是非とも修行をして祓い師になって欲しいところだが」
遠十郎はぎょっとしつつも、時仁にお決まりの言葉を言っている。
彼は時仁の霊力を見込んで、祓い師になることを何度も勧めているのだ。
「えぇ、俺は早苗ちゃんの為に生きてるからそういうのは断っとくよ」
しかし、時仁の返事は変わらない。
時仁の霊力が人ではなくあやかしのものであると遠十郎なら気づいているだろうが、黙ってくれているのだろう。
あやかしでありながら祓い師をする、というのは聞いたことがないが、かなり強力な戦力になることは間違いない。
それでも無理強いせず、時仁の答えを相変わらずだなと笑ってくれるのは彼の優しさだ。
「ところで早苗。悩みは晴れたようだが、どうだ」
「ええ。もうすっかりね」
「遠十郎、恋は人を強くするんだぜ」
早苗があえて何も語ろうとしないでいると、背後から抱きついてきた時仁がそんなことを言った。
恋は『人』を強くする。
それは、きっと、あやかしも同じなのかもしれない。
「ん?どうしたお前たち。何かいいことでもあったのか」
心做しか普段から近い距離がもっと縮まってないかと遠十郎は笑っている。
「早苗ちゃんがいるなら毎日いいことだらけだよ」
「またそんなこと言って」
そう言って微笑んだが、早苗もそれは同じだった。
時仁がいてくれるから、早苗は幸せでいられる。
これからきっと大変なことが続くだろう。
六檀のことも、記憶のことも、解決していないことはたくさんある。
けれども、それらに立ち向かう為の不思議な薬も特別な何かも必要ない。
恋があるのなら、きっと大丈夫なんだ。
早苗は今日もまた一つ、記憶を積み重ねていく。
忘れてしまったものを辿るのではなく、今の早苗と時仁の記憶を。
「まあ、早苗さんと時仁さんではありませんか!ここでお会いできるなんて!」
時仁がよっと手を振って愛想良く笑うと、成海も嬉しそうに手を振り返してくれる。
「成海さん、もうお元気になられたのですね」
「ええ。本当に、早苗さんたちには感謝しています。これも、遠十郎さんが日和堂を紹介してくださったおかげですね」
成海は、先の件での感謝を述べるため、遠十郎に挨拶に来ていた。
その後で日和堂にも寄ろうとしていたらしく、ここで会えてちょうどよかった。
もうすっかり元気になったようで、いい笑顔を見せてくれる。
「俺はただ紹介しただけさ。ともかく、成海さんが元気になって本当によかった」
「遠十郎さん・・・・・・!」
成海が遠十郎に向ける視線は夢見る乙女のものだったが、肝心の本人にはまったく届いていない。
思わせぶりな優しい態度を取っておきながら、本人は恋愛をまるで解さないのだから、今だって成海の気持ちにこれっぽっちも気づいていない。
罪な男だと早苗は内心思いつつ、冷ややかな視線を送っておき、成海が帰った後にようやく本題に入る。
遠十郎と別れたあと、六檀天山と邂逅したという話。
彼から、誘いを受けたという話。
全て聴き終わった後、遠十郎はふむと声をこぼした。
「まさか早苗の所にも来ていたとはな・・・・・・」
すっかり頭を抱えている。
ということは、早苗以外にも遭遇した祓い師がいるということか。
「あの野郎、他の祓い師のところにも来たのか?」
「ああ。複数名報告は聞いているが、早苗のところに現れた赤毛の青年とは少し違うな。妙齢の女性だとか、腰の曲がった老人だったりとか」
恐らく、そのどれもが式神を使った実体のない幻影のようなものなのだろう。
「だが、これで六檀は仲間割れを狙っていると見て間違いないな。六檀の目論見通りにさせてたまるものか。次の会合で皆と話し合わなければな」
呪詛を人にばらまくような人間だ。
祓い師たちが内部分裂する様を見て楽しみたいというあくどい思考が透けて見える。
「あ、そうだ。遠十郎、これあげる」
時仁が思い出したように差し出したのは、ひしゃげてぼろぼろになった式神の形だ。
「六檀が置いてった式神。俺の霊力でぐちゃぐちゃになったけど」
「お、おお・・・・・・。いつ見ても時仁の霊力は凄まじいな。是非とも修行をして祓い師になって欲しいところだが」
遠十郎はぎょっとしつつも、時仁にお決まりの言葉を言っている。
彼は時仁の霊力を見込んで、祓い師になることを何度も勧めているのだ。
「えぇ、俺は早苗ちゃんの為に生きてるからそういうのは断っとくよ」
しかし、時仁の返事は変わらない。
時仁の霊力が人ではなくあやかしのものであると遠十郎なら気づいているだろうが、黙ってくれているのだろう。
あやかしでありながら祓い師をする、というのは聞いたことがないが、かなり強力な戦力になることは間違いない。
それでも無理強いせず、時仁の答えを相変わらずだなと笑ってくれるのは彼の優しさだ。
「ところで早苗。悩みは晴れたようだが、どうだ」
「ええ。もうすっかりね」
「遠十郎、恋は人を強くするんだぜ」
早苗があえて何も語ろうとしないでいると、背後から抱きついてきた時仁がそんなことを言った。
恋は『人』を強くする。
それは、きっと、あやかしも同じなのかもしれない。
「ん?どうしたお前たち。何かいいことでもあったのか」
心做しか普段から近い距離がもっと縮まってないかと遠十郎は笑っている。
「早苗ちゃんがいるなら毎日いいことだらけだよ」
「またそんなこと言って」
そう言って微笑んだが、早苗もそれは同じだった。
時仁がいてくれるから、早苗は幸せでいられる。
これからきっと大変なことが続くだろう。
六檀のことも、記憶のことも、解決していないことはたくさんある。
けれども、それらに立ち向かう為の不思議な薬も特別な何かも必要ない。
恋があるのなら、きっと大丈夫なんだ。
早苗は今日もまた一つ、記憶を積み重ねていく。
忘れてしまったものを辿るのではなく、今の早苗と時仁の記憶を。