過去のことをぼんやりと思い出していた私は、かたんと物音がして顔を上げた。振り返れば、そこにいたのは小花だ。

「千代様。お菓子を持って参りました」

 盆を手に部屋に入ってくる。
 小花は私のそばまで来ると、漆塗りの皿を私の前に置いた。皿には懐紙がひかれ、三角形のカステラ菓子が載せられている。

「これ……シベリア?」

「はい。炎華様が朝一番に使用人に命じて、買いに走らせたものです」

 シベリアはカステラに羊羹を挟んだ菓子だ。あまり食べたことはないけれど、以前、真継様が、人からもらったものだと分けてくれた時、おいしさに感動したことがある。
 小花が急須で湯飲みにお茶を注いだ。皿の横に置き、「どうぞ」と微笑んだ。

「朝はお腹が空いていて仕方なく食べたけれど、これ以上、あやかしの施しは受けないわ」

 ふいと顔を背ける。

「炎華様が、千代様のためにご用意したお菓子です。炎華様のお気持ちをくんで、召し上がってください」

「…………」

 ちらりとシベリアに目を向けて、小花を見れば、悲しそうな顔をしている。耳がぺたんと折れ曲がっているのは、しょげている証拠だろう。

「……ああ、もう!」

 私は黒文字を手に取った。
 シベリアを切り分け、口に入れる。
 悔しいけれど、とてもおいしい。
 この子が落ち込んでいる顔を見たら、どうにも罪悪感を抱いてしまう。
 ばくばくと一気にシベリアを食べ終えた私を見て、小花の表情が輝いた。両手を合わせ、

「お口に合いましたか?」

 と、聞いてくる。私はぶっきらぼうに、

「まあまあね」

 と、答えた。
 口の中が甘ったるくなったので、湯飲みを取り上げ、お茶を飲む。小花はお茶を入れるのが上手なのか、馥郁とした香りがした。
 私がお菓子を食べ終えたら部屋を出て行くかと思ったけれど、小花は私のそばに座ったままだ。
 私を監視しているの?

「千代様。千代様は炎華様の良い人なのですか?」

「は?」

 小花にきらきらした瞳で尋ねられ、私はぽかんと口を開けた。
 良い人?

「炎華様が『この娘は俺の大切な女だから丁重に扱え』とおっしゃいまして。炎華様には今まで、決まった女性はおられませんでした。ですから、皆、千代様は炎華様の想い人なのだと、噂をしているのです」

「な、何それ?」

 まさかこの子は、私が陰陽師だと知らない?
 しかも、炎華の特別な相手だと勘違いしている?

「ち、違うわ!」

 私は思いきり否定した。小花が目を丸くする。

「違うのですか?」

「当たり前よ! 私はおん……」

 陰陽師だと言いかけて、口をつぐむ。小花が私の正体を知らないのなら、油断をさせるために、明かさないほうが得策だ。

「違うけど……友人みたいなものよ」

 私は嘘をついた。

「そうだったのですね。では、炎華様の片想いということなのですね」

 小花が納得したように、ぽんと手を叩く。

「だから、違うって……」

「千代様、炎華様はお優しくて、素敵な方なのです。迫害されているあやかしたちを保護し、守ってくださっています。かくいう私も、陰陽師に家族を殺され、一人で逃げ惑っていたところを、助けていただきました。陰陽師はひどいです。私たちは何もしていないのに、一方的に襲ってきます。私の仲間もたくさん殺されました」

「…………」
 
 悲しそうに目を伏せた小花を見て、ばつの悪い思いを抱く。
 陰陽師に母親を殺された娘から、面と向かって恨み言を言われ、罪悪感で胸が締め付けられた。

「あっ、すみません。このような話をされても、千代様はお困りになられますよね。昔の話です。炎華様のお屋敷に引き取られ、炎華様にお仕えできて、今、私は幸せなのです」

 健気に笑った後、小花は皿と湯飲みをお盆に載せ、立ち上がった。

「それでは、ゆっくりお過ごしください、千代様。昼餉の時間に、またお迎えにあがりますね」

 小花は会釈をし、部屋を出て行った。