着替えが終わった頃、小花が戻ってきた。私を連れて、炎華がいるという座敷へ向かう。
広いお屋敷……。
入り組んだ造りのお屋敷を歩きながら、私は間取りを覚えようとした。途中、出会った女中たちは、皆、小花のように尻尾が生えていたり、一つ目だったりと、人間とは違う姿をしていて、一目であやかしだとわかる者たちだった。すれ違うたびに、丁寧に頭を下げてくる。好意的とも取れる対応に、私は戸惑った。
炎華が待つ座敷は二十畳はあろうかという広い部屋だった。上座に炎華が座っている。
「千代様をお連れしました。千代様、炎華様のおそばへどうぞ」
小花に促され、炎華のそばまで進む。炎華は私の姿をじろじろと見ると、ふっと唇の端を上げた。
「似合うな。俺の見立てはばっちりだった」
どうやら、着物のことを言っているらしい。私は悔しい気持ちでふてくされると、すとんと、炎華の前に腰を下ろした。
間もなく、朝餉の膳が運ばれてきた。焼き魚に、卵焼き、小芋の煮物、漬物と白米、味噌汁。どれもおいしそうだ。思わず、お腹がぐぅと鳴った。
「ははっ、元気な腹だな」
炎華に笑われ、じろりと彼を睨み付ける。
あやかしの前で空腹でお腹を鳴らすなんて、不覚にもほどがある。
「食べるか」
炎華は警戒している私の前で丁寧に手を合わせると、箸を手に取った。器用に魚の身をほぐし、口に入れる。
「あやかしは人間を食べるのじゃないの?」
きつい声で問いかけたら、炎華はさらりと、
「食べない」
と、答えた。
「誤解もいいところだ」
「……そうなの?」
「そうだ」
炎華はおいしそうに小芋を食べている。その姿を見ていたら、彼の言う通り、人を食べるようには見えなかった。
「食べないのか? 腹が減っているのだろう?」
炎華にすすめられ、私は膳に目を向けた。炎華の顔をちらりと見上げる。
毒は入っていないみたい……。
空腹だし、何か食べておかないと、いざという時に力が出ないかもしれない。
私は少し迷った後、箸を手に取った。
卵焼きを口に入れ、「んっ」と目を丸くする。
「おいしい……」
思わず漏れた感想に、炎華の目が優しく細められる。
「そうだろう。我が屋敷の使用人たちは、料理上手だからな」
「使用人って、あやかし?」
「そうだ。俺は、迫害されているあやかしたちを保護している」
「保護……」
「文明の発達した大正の世では、異形のあやかしたちは生きにくい。陰陽師に狩られたりもするしな」
「それって嫌み?」
「そう聞こえたか?」
炎華がくすりと笑う。
化け狸の小花には尻尾があるが、炎華は見たところ、普通の人間となんら変わらない。私は気になり、
「炎華はなんのあやかしなの?」
と、問いかけた。
「昨夜、お前が言ったじゃないか。俺は鬼だと」
「えっ? 本当に鬼なの?」
あれは悪態のつもりだったのに、まさか、本当に鬼だったとは。
驚いている私に、炎華はさらに続けた。
「俺は生き残っている最後の鬼だ」
「最後……」
「俺の一族は、ほとんどが、江戸から明治の世に変わる混乱の中で殺されたからな」
「…………」
ただ事実を伝えるかのように炎華の声音は淡々としていたけれど、私は何も言えなかった。
「……寂しく、ないの?」
しばらくの後、私はそっと炎華に声をかけた。黙々と食事を続けていた炎華は顔を上げ、
「もう慣れた」
と、笑った。
「本当に、誰もいないの?」
「…………」
私の問いかけに炎華は答えず、
「早く食べろ。冷めるぞ」
と、食事を促した。
広いお屋敷……。
入り組んだ造りのお屋敷を歩きながら、私は間取りを覚えようとした。途中、出会った女中たちは、皆、小花のように尻尾が生えていたり、一つ目だったりと、人間とは違う姿をしていて、一目であやかしだとわかる者たちだった。すれ違うたびに、丁寧に頭を下げてくる。好意的とも取れる対応に、私は戸惑った。
炎華が待つ座敷は二十畳はあろうかという広い部屋だった。上座に炎華が座っている。
「千代様をお連れしました。千代様、炎華様のおそばへどうぞ」
小花に促され、炎華のそばまで進む。炎華は私の姿をじろじろと見ると、ふっと唇の端を上げた。
「似合うな。俺の見立てはばっちりだった」
どうやら、着物のことを言っているらしい。私は悔しい気持ちでふてくされると、すとんと、炎華の前に腰を下ろした。
間もなく、朝餉の膳が運ばれてきた。焼き魚に、卵焼き、小芋の煮物、漬物と白米、味噌汁。どれもおいしそうだ。思わず、お腹がぐぅと鳴った。
「ははっ、元気な腹だな」
炎華に笑われ、じろりと彼を睨み付ける。
あやかしの前で空腹でお腹を鳴らすなんて、不覚にもほどがある。
「食べるか」
炎華は警戒している私の前で丁寧に手を合わせると、箸を手に取った。器用に魚の身をほぐし、口に入れる。
「あやかしは人間を食べるのじゃないの?」
きつい声で問いかけたら、炎華はさらりと、
「食べない」
と、答えた。
「誤解もいいところだ」
「……そうなの?」
「そうだ」
炎華はおいしそうに小芋を食べている。その姿を見ていたら、彼の言う通り、人を食べるようには見えなかった。
「食べないのか? 腹が減っているのだろう?」
炎華にすすめられ、私は膳に目を向けた。炎華の顔をちらりと見上げる。
毒は入っていないみたい……。
空腹だし、何か食べておかないと、いざという時に力が出ないかもしれない。
私は少し迷った後、箸を手に取った。
卵焼きを口に入れ、「んっ」と目を丸くする。
「おいしい……」
思わず漏れた感想に、炎華の目が優しく細められる。
「そうだろう。我が屋敷の使用人たちは、料理上手だからな」
「使用人って、あやかし?」
「そうだ。俺は、迫害されているあやかしたちを保護している」
「保護……」
「文明の発達した大正の世では、異形のあやかしたちは生きにくい。陰陽師に狩られたりもするしな」
「それって嫌み?」
「そう聞こえたか?」
炎華がくすりと笑う。
化け狸の小花には尻尾があるが、炎華は見たところ、普通の人間となんら変わらない。私は気になり、
「炎華はなんのあやかしなの?」
と、問いかけた。
「昨夜、お前が言ったじゃないか。俺は鬼だと」
「えっ? 本当に鬼なの?」
あれは悪態のつもりだったのに、まさか、本当に鬼だったとは。
驚いている私に、炎華はさらに続けた。
「俺は生き残っている最後の鬼だ」
「最後……」
「俺の一族は、ほとんどが、江戸から明治の世に変わる混乱の中で殺されたからな」
「…………」
ただ事実を伝えるかのように炎華の声音は淡々としていたけれど、私は何も言えなかった。
「……寂しく、ないの?」
しばらくの後、私はそっと炎華に声をかけた。黙々と食事を続けていた炎華は顔を上げ、
「もう慣れた」
と、笑った。
「本当に、誰もいないの?」
「…………」
私の問いかけに炎華は答えず、
「早く食べろ。冷めるぞ」
と、食事を促した。