泣きながら眠っていたらしい。

「千代様、千代様」

 体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、おかっぱ頭の少女が私を覗き込んでいた。
 飛び起き、少女を見つめる。

「お目覚めになられましたか?」

 少女は年の頃十二歳ほどだろうか。目がぱっちりとした可愛らしい顔をしている。頭に丸い耳が生えていて、私はぎょっとした。

「あ、あなた……あやかし?」

「はい。私は化け狸の小花(こはな)と申します」

 小花は人なつこい顔でにこっと笑った。見れば、膝丈の着物の下から、ふさっとした尻尾が見えている。

「化け狸……」

「炎華様から、千代様のお世話を言いつかりました」

「お世話……って、あなた、どうして私の名前を……」

 自分は昨夜、炎華に対して名乗っただろうか。

「炎華様にお伺いしました」

 小花がそう言うなら、名乗ったのかもしれない。昨夜は混乱していたので、記憶が曖昧だ。

「千代様、お着物がしわくちゃですね。お着替え、ご用意してあります」

 小花が傍らに置いていた着物を差し出した。桜の花が散らされた桃色の着物は、一目で、私が今まで袖を通したこともないような高級なものだとわかる。

「あやかしから施しは受けないわ」

 小花の腕を突っぱねると、小花は悲しそうな顔をした。

「炎華様が自らお選びになったお着物なのです。千代様が着てくださらないと、炎華様ががっかりなされます」

 炎華が選んだものだと聞けば、ますます着るわけにはいかない。

「嫌」

 ふいと顔を背けたら、小花の肩がしゅんと下がる。

「…………」

「…………」

 しばらくの間、私と小花は無言だった。ちらりと目を向ければ、小花は萎れた花のようにうなだれている。私より年下の少女のそんな様子を見ると、自分が悪いことをしている気持ちになり、私は渋々折れた。

「……わかったわ。着るわよ」

 実際、私の着物はしわしわだったし、よく見れば、鵺の雷に焼かれたのか、裾が焦げている。

「本当ですか!」

 小花は一転して嬉しそうな表情を浮かべ、私のほうへ手を伸ばした。

「では、さっそくお着替えをしましょう!」

「えっ、ちょ、ちょっと、何をするの!」

 帯締めを解かれそうになり、身をのけぞらせる。

「何って、お着替えのお手伝いですよ」

 小花は「当然」とでも言うように、微笑んだ。

「待って! 一人で着替えられる!」

 曲がりなりにも私は陰陽師だ。あやかしに着付けを手伝ってもらうわけにはいかない。
 立ち上がって逃げたら、小花は、

「そうですか……?」

 と、残念そうな顔をした。

「では、後で迎えに参りますね。炎華様が、一緒に朝餉をとろうと申されていました」

「え?」

 炎華と一緒に朝餉?
 驚いているうちに、小花は「失礼します」と言って、部屋を出て行ってしまった。