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 気が付くと、私はふかふかの布団に寝かされていた。
 四歳の時に戻ったかのような既視感を抱く。 

「真継様……?」

 敬愛する頭領の姿を探し、顔を動かすと、

「起きたか」

 その場にいたのは、真っ赤な髪をした青年だった。目元は涼やかで、鼻筋はすっと通っている。美しい顔だ。

「……!」

 知らない人物がそばにいることにびっくりし、私は飛び起きた。

「だ、誰!」

 後ずさって問いかけると、青年は、

「それだけ元気があるなら、大丈夫そうだな」

 と、薄く形のいい唇の端を上げた。細められた瞳は、金色に輝いている。このような姿の人間など、いるはずがない。

「あやかし……!」

 私は咄嗟に胸元に手を入れた。札を出そうとして、はっとする。

「な、ない」

 慌てる私を見て、青年がにやりと笑った。

「物騒な札なら処分した」

「処分!」

 なんということだ。あやかしを前にして、丸腰であることに気が付き、動揺する。
 この場から逃げなければと布団から立ち上がろうとした私の腕を、青年はすかさず掴んだ。

「は、離して!」

 暴れるも、両腕をがっちりと捕まえられている。青年の体を足蹴にしようとしたら、

「乱暴な女だな」

 青年は私を布団の上に押し倒し、自分の足で私の足を押さえ込んだ。間近に見える金色の瞳が美しく、不覚にも一瞬見とれてしまった。そして、すぐにとんでもない体勢でいることに気が付き、頬に血が上る。
 手籠めにされるのでは、と、恐ろしい想像がよぎり、目頭が熱くなった。

「……そんな顔をするな。何もしない」

 青年は呆れたように、「やれやれ」という表情を浮かべた。けれど、私の体は離さない。

「暴れるから、このまま話すぞ。あんたは鵺を殺そうとして失敗し、気絶したんだ。それを俺が助けた」

「私を助けた……? あやかしが?」

「俺はあやかしの長、炎華(えんか)。理不尽に襲われているあやかしを保護している」

「保護?」

 どういうことかわからず戸惑う私に、炎華は続けた。

「あんたら陰陽師は、のべつまくなしにあやかしを襲っているが、現代のあやかしは悪事などはたらかない。人を襲うこともないし、むしろ、正体を明かされないように、ひっそりと暮らしている」

「えっ……」

 信じられない話を聞いて、私は目を見開いた。

「で、でも、真継様たちは、あやかしが人に害をなすから、日夜、あやかしを狩っているのよ」

「あやかしが人間に害をなしていたのは昔の話だ。今のあやかしたちは温厚だし、人と共存していきたいと願っている。それなのに、陰陽師たちはあやかしを殺して回っている。あいつらこそ、悪人だ」

 炎華は憎々しげに吐き捨てた。

「うそ……嘘よ」

「あんたは騙されているんだ」

 炎華の瞳は嘘をついているようには見えず、私は混乱した。

「信じない!」

「……こんなことになるなら、やはりあの時、連れ去っておけば良かった」

 悔しそうにつぶやいた、炎華の言葉の意味がわからず、

「どういうことよ!」

 と、噛みついたら、炎華はようやく私を離し、傍らに座り直した。
 急いで身を起こし、乱れた胸元をかき合わせる。

「私を真継様のところへ帰して!」

「帰すものか」

 炎華は、はっきりとそう言うと、立ち上がった。

「お前が正気に戻るまで、この屋敷から出さない」

 背中を向けて部屋を出て行こうとする炎華に向かって叫ぶ。

「非道なあやかし! 鬼!」

 私の悪態に、炎華は顔だけで振り返り、にやりと笑った。

「そうだ。俺は鬼だよ」

 そう言い残し、襖を開けて出て行った。

 炎華がいなくなると、私はすぐさま逃げようとした。幸運なことに、この部屋は庭に面している。窓から外に出て、屋敷の者に見つからないように出口を探そう。
 そう思って硝子窓に手をかけてみたけれど、

「開かない……」

 窓はぴくりとも動かない。
 あまりがたがたと動かすと誰かに気付かれるかもしれないと、今度は、炎華が出て行った襖から逃げようと試みる。けれど、こちらも糊で固められたかのように開かない。

「閉じ込められた……?」

 何か術がかかっているとしか思えない。
 愕然として、その場にへなへなと座り込む。
 どうしよう……。あやかしに捕らえられてしまった。

「真継様……ごめんなさい……」

 私は膝を抱え、真継様の名を呼び、勝手に一人で鵺退治をしようとした自分を呪った。