そうこうしているうち、あやかしが出没するという場所に辿り着いた。

「三条通り……」

 大昔は森が広がっていたというこの場所は、今では、市電が走る、開けた場所だ。

「こんなところに本当に出るのかな」

 きょろきょろと回りを見回す。暗闇の中に、江戸後期の勤王家・高山彦九郎の銅像が浮かび上がっている。まるで土下座をしているような銅像だけれど、御所に向かって拝礼をしている姿らしい。
 礼儀正しい人だったんだなぁ……などと考えていたら、銅像がゆらりと動いた。
 首を傾げた私の目の前で、銅像が――銅像の影に隠れていた何かが、地面に飛び降りてきた。
 はっとして、手に持っていた提灯を掲げる。明かりの中に浮かび上がったのは、見たこともない異形――頭が猿、体が狸、手足は虎、尾が蛇という、化け物だった。

「あやかし……!」

 あの姿は書物で読んで知っている。鵺と呼ばれるあやかしだ。
 私は油断なく鵺を睨み付けながら、着物の胸元から呪の書かれた札を取り出した。書物を見ながら、自己流で作ったものだ。
 先手必勝。

「悪しき者よ、滅せよ! 式神召喚! 急急如律令!」

 私は鋭い声で叫ぶと、札を鵺に向かって放った。札が大鴉の姿に変わり、鵺に向かって飛んでいく。大鴉が、かぎ爪で鵺を捕らえたのを見て、「よし!」とこぶしを握ったけれど、鵺は太い手で鴉を叩き落とした。大鴉が札へと戻り、地面に落ちる。
 鵺の黄色く淀んだ瞳がこちらを向いた。

「式神召喚! 急急如律令!」

 私はもう一枚札を取り出し、大鴉を顕現させた。二羽目の大鴉が、鵺に向かって飛んでいくも、今度もまた、あっさりと撃退され、びりびりに破れた札が宙を舞う。
 鵺の体が、ぱちぱちと光を放ち始めた。「まずい!」と思ったと同時に、暗雲もないのに雷が落ちてきた。提灯を投げ捨て、咄嗟のところで身を躱したものの、飛び散った火花が着物にかかり、体に電気が走った。

 駄目……痺れて動けない。

 鵺が跳躍した。その場に膝をついた私の前に着地する。
 なんとか胸元に手を入れ、札を取り出したものの、唇がうまく動かない。
 虎の腕が振り上げられる。

 やられる! 真継様のお役に立つまで死ねないのに! 

 真継様の顔が脳裏に浮かんだ。
 その時、

「待て、鵺!」

 鋭い男性の声が鵺を制止した。
 それと同時に、

「鵺! 見つけたぞ!」

「千代!」

 兄弟子の声と、私の名前を呼ぶ真継様の声が聞こえた。

「真継様……?」

 私は真継様が助けに来てくれたのだと思い、ふっと意識を手放した。