「十二年前の雪の日、炎華は私を助けに来てくれたのよね」

 印象的な金色の瞳を、どうして私は今まで忘れていたのだろう。
 炎華は苦々しげな表情になると、「あの時のことか」とつぶやいた。

「俺以外の鬼がまだ存在すると噂で聞いて、会いに行ったんだ。だが、一歩遅く、その鬼――お前の母親は、陰陽師によって殺されていた。彼女は最期に、俺に、『一人娘、千代のことを頼む』と言い残した。『娘は半分人間で、なんの力もない弱い存在だから』と」

「えっ……」

 新たな事実を知って、目を丸くする。

「半分人間って?」

「お前の母は鬼だが、父は人間だったんだよ」

 顔も覚えていない父が、鬼の母と結婚していたと知って驚く。
 人は異質な者に対して敏感だ。母は、自分が鬼だということを隠していたに違いない。けれど、周囲の人は、母に何か普通とは違うものを感じ、迫害したのだろう。

「お前を助けに行ったものの、陰陽師どもに撃退されて、俺はすごすごと逃げ帰った。あやかしの長が聞いて呆れる」

 自嘲気味に吐き捨てた炎華の頬に、私はそっと触れた。

「違うわ。あの時、炎華は、私が竜巻に巻き込まれないようにしてくれたんでしょう? 炎華こそ、あの時の傷は大丈夫だった?」

 今は白く美しい肌をしているけれど、もしかするとどこかに傷跡が残っているのかもしれないと思い、心配になって問いかける。
 炎華は表情を和らげ、

「鬼の回復力は強いんだ。すぐに治ったよ」

 と、私を安心させるように微笑んだ。

「あの後、俺は必死にお前を探した。陰陽師の屋敷に連れ去られたことはすぐにわかった。何度も様子を見に行って、そのたびに、攫ってしまおうかと迷った。陰陽師の屋敷でお前が幸せそうに過ごしているのを見て、躊躇われたんだ。でも、あの夜、鵺を退治しに来たお前を見て、どうしようもなくつらくなった。あやかしの子であるお前に真実を知ってもらいたい。あやかしに敵対しないで欲しい……とな」

 私は、知らず、あやかしの仲間を殺そうとしていたのだ。もっとも、あの時、鵺に殺されていたのは、私だっただろうけれど……。

「そうだったのね……ごめんなさい……」

 俯いて謝罪する私の手を、炎華がぎゅっと握った。

「お前が謝る必要はない。お前は真継のもとで、謝った知識を植え付けられていたのだから」

「でも、知らなかったとはいえ、私がお世話になっていた真継様を始め、陰陽師の皆が、不当にあやかしを狩っていたことは、許されることじゃない」

 顔を上げ、炎華の瞳を見つめる。

「私、償いをします。あやかしのために、私にできることがあるなら、何でもするわ」

「ならば……」

 炎華は私の頬に触れると、優しく目を細めた。

「これからはずっと俺のそばにいてくれ。何もしなくていいから」

「……そんなことでいいの?」

 困惑した私の額に、炎華が軽く口づけた。途端に、私の体温が上がる。

「あ、あの……炎華?」

 慌てている私を見て、炎華は、くすっと笑った。

「ただいてくれるだけで、俺は嬉しい」

「そういうもの……?」

 私は、鬼の仲間を失い、喪失感の中にいた炎華の唯一の同胞だ。だから、一緒にいたいということなのだろうと納得していると、炎華は、

「ただいてくれるだけでいいというのは語弊があるな」

 と、つぶやいた。

「ずっとお前に焦がれていた。お前に口づけたい。もっと触れたい」

 とんでもないことを言われて、「は?」と素っ頓狂な声が漏れる。
 身の危険を感じて炎華から距離を取ろうとしたら、私を抱く腕の力が強くなった。

「こら、逃げようとするんじゃない」

「待って!」

 じたばたする私を、炎華が笑いながら抱きしめる。

「俺の可愛い千代。絶対に離さない」

 その言葉は、甘く優しく、頭の中がとろけそう。
 暴れるのをやめた私の額に、炎華がもう一度口づける。そのまま、唇が耳へ移動しそうになったので、

「あ、あの……あれやこれやは、また今度で……」

 頬を熱くしながら頼むと、炎華は嬉しそうに、

「では、今度ならいいんだな」

 と、言質を取ったというような顔をした。

 私は恥ずかしさのあまり、炎華の胸に顔を埋めた。炎華の手がゆっくりと髪を撫でる。その温かさに、ようやく居場所を見つけたような気がして、私は全身を炎華に預けた。

《了》