広大な屋敷の、複雑に入り組んだ廊下を進む。
気が付けば、私が普段足を踏み入れない区域に辿り着いていた。この先には、離れに続く渡り廊下がある。
幼い頃の恐怖を思い出す。
渡り廊下まで辿り着くと、真継様はまっすぐに離れに向かった。
長い間、窓を閉め切っているのか、離れの中は、じめっとした空気が漂っていた。真継様に腕を引かれながら廊下を歩いて行く。
一番奥の部屋は倉になっていた。その前に、兄弟子が立っている。私たちの姿に気が付き、目を丸くした。
「頭領」
「十吉、千代を閉じ込めておきなさい」
兄弟子は怪訝な表情を浮かべたけれど、真継様の言い付け通り、倉の扉を開け、私を中に押し込んだ。
「十吉兄さん! 真継様!」
すぐに閉じられた扉を、体当たりして開けようとしたけれど、びくともしない。錠が下ろされた音がした。
「兄さん! 真継様! 出して! どうしてこんなことをするのですか!」
扉をどんどんと叩くも、外から返事は戻って来ない。
「……誰?」
「千代様!」
か細い声と、驚きの声が聞こえ、私ははっとして振り返った。暗闇の中に、身を寄せ合う少女たちがいた。
「小花! 小花ね?」
私は二人のそばに駆け寄った。
「どうしてこんなところに……。こっちの子は?」
顔はよく見えないが、もう一人の少女が、おずおずと、
「私は鵺の子、咲と申します」
と、名乗った。
「鵺の娘さん……」
拐かされたという鵺の娘が、時雨邸の離れにいたとは。
「陰陽師があやかしの子供たちをいたぶっている」という、炎華の言葉が正しいのではないかと思い、ぞっとした。
「何があったの?」
不安そうな顔をしている二人に、そっと問いかけると、小花が先に答えた。
「薬局へ行った帰り、男の人たちに襲われたのです。呪で気絶をさせられて、気が付いたらここにいました」
「私も同じようなものです。母様が出かけている間に男たちが家に押し入ってきて、捕まりました」
鵺の娘も、小花と同じように説明する。
「男たちというのは、陰陽師ね?」
二人は同時に頷く。
「あなたたち、怪我はない? 何もされていない?」
心配になって二人の体に視線を走らせると、二人は「大丈夫です」と頷いた。
「なんでも、綺麗な体のほうが高く売れるから……というようなことを言っていました」
小花の言葉に、はっとする。
高く売れる? まさか、人身売買?
「私たち、どうなるのでしょう……」
咲が涙声を出した。よく見れば、頬がこけている。ここへ連れてこられてから、ろくに食べさせてもらえていないのかもしれない。
私は、小花と咲の体をいっぺんに抱きしめた。
「大丈夫。必ず私が助けてあげる」
咲と小花が縋り付いてくる。少女たちを包み込みながら、私は、いかにここから逃げ出すか思考を巡らせた。
扉の前にいるのは、おそらく兄弟子一人だろう。どうにかして、この扉を開けさせることはできないだろうか。
いちかばちか試してみよう。私は小花と咲に耳打ちした。二人が素直に「わかりました」と頷く。
私は息を吸い込むと、「やめて!」と叫んだ。
「何をするの! 痛いっ! 殺さないで!」
そして、大げさに扉に体当たりをした。
「あなたたちのせいで、あやかしは迫害されているのよ!」
「死んでおしまいなさいっ」
小花と咲も迫真の演技で声を上げる。
「なんだ、どうした!」
錠が外される音がして、扉が開いた。扉の影になるように隠れていた私は、兄弟子の首筋に思いきり手刀を叩き落とした。
「ぐっ……」
兄弟子がうめき声を上げてその場に倒れる。
「やった……!」
陰陽師たる者、護身術の心得もあったほうがいいだろうかと、読んでいた書物の内容が役に立った。
私は気絶をした兄弟子のそばに膝をつくと、懐や袖をまさぐった。
「あった」
数枚の札が出てきて、「よし!」と、ありがたく頂戴する。
「二人共、歩ける?」
「はい」
小花はすっと立ち上がったけれど、咲は目眩がしたのか、体をふらつかせた。
「大丈夫?」
慌てて手を差し出し、咲の肩を支える。
こんな状態の咲を連れて、逃げられるだろうか。
でも、このままここにいては、二人が何をされるかわからない。
「行くわよ」
小花と共に咲を支えながら、私たちは離れを後にした。
気が付けば、私が普段足を踏み入れない区域に辿り着いていた。この先には、離れに続く渡り廊下がある。
幼い頃の恐怖を思い出す。
渡り廊下まで辿り着くと、真継様はまっすぐに離れに向かった。
長い間、窓を閉め切っているのか、離れの中は、じめっとした空気が漂っていた。真継様に腕を引かれながら廊下を歩いて行く。
一番奥の部屋は倉になっていた。その前に、兄弟子が立っている。私たちの姿に気が付き、目を丸くした。
「頭領」
「十吉、千代を閉じ込めておきなさい」
兄弟子は怪訝な表情を浮かべたけれど、真継様の言い付け通り、倉の扉を開け、私を中に押し込んだ。
「十吉兄さん! 真継様!」
すぐに閉じられた扉を、体当たりして開けようとしたけれど、びくともしない。錠が下ろされた音がした。
「兄さん! 真継様! 出して! どうしてこんなことをするのですか!」
扉をどんどんと叩くも、外から返事は戻って来ない。
「……誰?」
「千代様!」
か細い声と、驚きの声が聞こえ、私ははっとして振り返った。暗闇の中に、身を寄せ合う少女たちがいた。
「小花! 小花ね?」
私は二人のそばに駆け寄った。
「どうしてこんなところに……。こっちの子は?」
顔はよく見えないが、もう一人の少女が、おずおずと、
「私は鵺の子、咲と申します」
と、名乗った。
「鵺の娘さん……」
拐かされたという鵺の娘が、時雨邸の離れにいたとは。
「陰陽師があやかしの子供たちをいたぶっている」という、炎華の言葉が正しいのではないかと思い、ぞっとした。
「何があったの?」
不安そうな顔をしている二人に、そっと問いかけると、小花が先に答えた。
「薬局へ行った帰り、男の人たちに襲われたのです。呪で気絶をさせられて、気が付いたらここにいました」
「私も同じようなものです。母様が出かけている間に男たちが家に押し入ってきて、捕まりました」
鵺の娘も、小花と同じように説明する。
「男たちというのは、陰陽師ね?」
二人は同時に頷く。
「あなたたち、怪我はない? 何もされていない?」
心配になって二人の体に視線を走らせると、二人は「大丈夫です」と頷いた。
「なんでも、綺麗な体のほうが高く売れるから……というようなことを言っていました」
小花の言葉に、はっとする。
高く売れる? まさか、人身売買?
「私たち、どうなるのでしょう……」
咲が涙声を出した。よく見れば、頬がこけている。ここへ連れてこられてから、ろくに食べさせてもらえていないのかもしれない。
私は、小花と咲の体をいっぺんに抱きしめた。
「大丈夫。必ず私が助けてあげる」
咲と小花が縋り付いてくる。少女たちを包み込みながら、私は、いかにここから逃げ出すか思考を巡らせた。
扉の前にいるのは、おそらく兄弟子一人だろう。どうにかして、この扉を開けさせることはできないだろうか。
いちかばちか試してみよう。私は小花と咲に耳打ちした。二人が素直に「わかりました」と頷く。
私は息を吸い込むと、「やめて!」と叫んだ。
「何をするの! 痛いっ! 殺さないで!」
そして、大げさに扉に体当たりをした。
「あなたたちのせいで、あやかしは迫害されているのよ!」
「死んでおしまいなさいっ」
小花と咲も迫真の演技で声を上げる。
「なんだ、どうした!」
錠が外される音がして、扉が開いた。扉の影になるように隠れていた私は、兄弟子の首筋に思いきり手刀を叩き落とした。
「ぐっ……」
兄弟子がうめき声を上げてその場に倒れる。
「やった……!」
陰陽師たる者、護身術の心得もあったほうがいいだろうかと、読んでいた書物の内容が役に立った。
私は気絶をした兄弟子のそばに膝をつくと、懐や袖をまさぐった。
「あった」
数枚の札が出てきて、「よし!」と、ありがたく頂戴する。
「二人共、歩ける?」
「はい」
小花はすっと立ち上がったけれど、咲は目眩がしたのか、体をふらつかせた。
「大丈夫?」
慌てて手を差し出し、咲の肩を支える。
こんな状態の咲を連れて、逃げられるだろうか。
でも、このままここにいては、二人が何をされるかわからない。
「行くわよ」
小花と共に咲を支えながら、私たちは離れを後にした。