時雨邸に到着すると、人力車には門前で待っていてもらい、私は屋敷の中に入った。自室に行けば、多少の蓄えがある。お金を取ってこようと、自室へ向かっていると、

「千代!」

 と、名前を呼ばれた。はっとして振り返れば、敬愛する真継様の姿があった。私を見て、目を丸くしている。

「真継様」

 あんなに真継様のもとへ戻りたいと思っていたのに、なぜか私の体は硬直した。
 真継様は私のそばまで駆け寄ってくると、私の体を引き寄せた。

「ああ、良かった。千代が鬼に囚われて、私は生きた心地がしていなかったのですよ。よく顔を見せて。どこも怪我はない? どうやって逃げてきたのですか?」

 私の頬を挟み、顔を覗き込む。その瞳は優しくて、私は、真継様を一瞬でも恐れた自分を恥じた。

「私は無事です。閉じ込められてはいましたが、鬼は私を丁重に扱ってくれました」

「丁重に? ……そう」

 真継様の声の温度が下がった気がした。頬を挟む手の力が強くなる。

「私の千代を閉じ込めていたなんて、許せませんね。悪いあやかしは退治しなければ」

「でも、鬼は……炎華は、悪いあやかしではありませんでした。あやかしは人に害をなさないと断言していました。そんなあやかしを、私たちが狩る意味があるのでしょうか?」

 疑問を口にしたら、真継様の瞳に、剣呑な光が宿った。

「何を言っているのですか、千代。異形の者は排除せねばならない。それは、政府からも命じられていることです」

「確かに、あやかしは異形でした」

 恐ろしい鵺の姿を思い出す。人に化身できるとはいえ、鵺の本体は、頭が猿、体が狸、足が虎、尾が蛇という異形なのだ。

「けれど、人と同じように子を思い、仲間を思う、優しい心を持っています」

 真継様ならわかってくれる。そう信じていたのに、真継様は私の顔を上げさせると、目を覗き込むようにして言った。

「千代、あなたもやはりあやかしなのですね」

「えっ……」

「今まで可愛がってやったのに、あやかしの本質を思い出したのですね」

「ど、どういうことですか? 真継様」

 動揺のあまり、声がうわずった。真継様の表情は暗く冷たく、背筋に冷や汗が伝った。
 真継様は私の頬から手を離すと、今度は腕を掴んだ。そのまま、私を引っ張っていく。

「真継様! 痛いです!」

 腕を掴む力が強く、思わず悲鳴を上げたけれど、真継様は意に介する様子もない。
 どこに連れて行かれるの?
 逃げたくとも、真継様の手を振り払うこともできない。