***
「おかあさん……おかあさん……どこにいったの……?」
暗闇の中で泣く小さな女の子。
あれは、幼い頃の私だ。
私は父の顔を知らない。母はなぜか村の人たちから疎外され、私たちは村はずれのあばら屋で、親子身を寄せ合って暮らしていた。
暮らしは貧しく、お腹を空かせていることが多かったけれど、母は優しく、つらいと思ったことはなかった。
ある日、母は真剣な顔で私を見つめ、こう言った。
「千代、お母さんは、少し出かけてきます。千代は絶対にこの家から出ては駄目。誰か来ても戸を開けてはいけません。お母さんは必ず戻りますから、いい子で待っているのですよ」
私は「うん」と頷いた。
雪の降る夜だった。
囲炉裏の火が消えても、月が昇って、山の端に消え、日が昇り、また山の端に消え、それを三日繰り返しても、母は戻ってこなかった。
私は母の言い付けを守って、家でじっと待っていた。
寒くて、お腹が空いて、不安で。
意識が朦朧としてきた時、家の中に人の気配を感じた。
「こんなに小さいのに、可哀想に」
私は霞む目でその人を見上げた。その人は、金色の瞳に悲しそうな光を宿し、私を見つめていた。
「俺とおいで」
私は「いかない……」とつぶやいた。
「……おかあさんが、ここでまっていなさいって、いったから……」
「だが、放ってはおけない。お前を連れて行こう」
男の人が私を抱き上げようとした時、がたんと戸が開く音がした。
「鬼! 他にもまだいたのか!」
鋭い声が聞こえ、
「悪鬼退散、急急如律令!」
という言葉と同時に、部屋の中に竜巻が起こった。金色の瞳をした男の人の体に無数の傷が走り、血が噴き出す。
男の人は私に手を伸ばそうとしたけれど、竜巻に阻まれて届かない。
「くそっ! 忌々しい陰陽師め!」
そして私に向かい、
「最後の鬼の娘。必ず迎えに来る」
と言い残し、姿を消した。
「おかあさん……おかあさん……どこにいったの……?」
暗闇の中で泣く小さな女の子。
あれは、幼い頃の私だ。
私は父の顔を知らない。母はなぜか村の人たちから疎外され、私たちは村はずれのあばら屋で、親子身を寄せ合って暮らしていた。
暮らしは貧しく、お腹を空かせていることが多かったけれど、母は優しく、つらいと思ったことはなかった。
ある日、母は真剣な顔で私を見つめ、こう言った。
「千代、お母さんは、少し出かけてきます。千代は絶対にこの家から出ては駄目。誰か来ても戸を開けてはいけません。お母さんは必ず戻りますから、いい子で待っているのですよ」
私は「うん」と頷いた。
雪の降る夜だった。
囲炉裏の火が消えても、月が昇って、山の端に消え、日が昇り、また山の端に消え、それを三日繰り返しても、母は戻ってこなかった。
私は母の言い付けを守って、家でじっと待っていた。
寒くて、お腹が空いて、不安で。
意識が朦朧としてきた時、家の中に人の気配を感じた。
「こんなに小さいのに、可哀想に」
私は霞む目でその人を見上げた。その人は、金色の瞳に悲しそうな光を宿し、私を見つめていた。
「俺とおいで」
私は「いかない……」とつぶやいた。
「……おかあさんが、ここでまっていなさいって、いったから……」
「だが、放ってはおけない。お前を連れて行こう」
男の人が私を抱き上げようとした時、がたんと戸が開く音がした。
「鬼! 他にもまだいたのか!」
鋭い声が聞こえ、
「悪鬼退散、急急如律令!」
という言葉と同時に、部屋の中に竜巻が起こった。金色の瞳をした男の人の体に無数の傷が走り、血が噴き出す。
男の人は私に手を伸ばそうとしたけれど、竜巻に阻まれて届かない。
「くそっ! 忌々しい陰陽師め!」
そして私に向かい、
「最後の鬼の娘。必ず迎えに来る」
と言い残し、姿を消した。