小花の先導で鵺が養生しているという部屋に向かう。
 一昨日の夜、鵺は真継様と兄弟子によって攻撃され、大きな怪我を負ったらしい。炎華は気絶した私を抱いていたため、鵺を助けるのが一歩遅れたのだそうだ。かろうじて真継様と兄弟子を撃退し、私と鵺を連れて屋敷に戻ったのだという。

 炎華の屋敷は広く、多くの部屋があるけれど、鵺の部屋は、私が閉じ込められていた部屋から、一番遠かった。

 炎華が鵺の部屋の襖を開ける。すると、長い黒髪の若い女性が、布団に突っ伏して泣いていた。

「悔しや、陰陽師。悔しや……」

「鵺、具合はどうだ?」

 この人が鵺?
 一見、人間の姿をしているけれど、尻から蛇が生えていて、体に巻き付いている。

 鵺が顔を上げ、涙に濡れた瞳で炎華を見た。
 私はぎょっとした。鵺の顔の右半分が爛れている。

「炎華様……」

 鵺は弱々しく炎華の名前を呼んだ後、隣にいる私に気が付き、はっとしたように目を見開いた。

「陰陽師の小娘……! なぜここにいる!」

 次の瞬間、鵺は勢いよく立ち上がり跳躍した。私の前に着地した時には、頭が猿、体が狸、腕が虎、尾は蛇という化け物の姿に変わっていた。
 耳をつんざくような甲高い叫び声を上げ、大きな口を開けて、私に噛みつこうとした鵺から、

「千代!」

 炎華が私を背中に庇った。私に向けられていた鵺の牙は、炎華の腕に食い込み、炎華が「うっ」と呻いて顔をしかめる。

「炎華!」

 悲鳴のような声で名前を呼ぶと、炎華は、私を安心させるように、にっと笑った。

「平気だ。――鵺、落ち着け。千代はもうお前を害さない」

 ぐるると喉を鳴らす鵺に、ゆっくりと語りかける。

「鵺、大丈夫だ。大丈夫……」

 炎華が何度も声をかけるうち、鵺の荒い息が収まっていき、ようやく炎華から口を離した。化け物の姿が女性の姿に戻る。

「ううっ……」

 鵺は泣きながらその場に座り込んだ。涙の溢れる瞳で炎華を見上げ、

「炎華様、申し訳ございません……」

 と、謝罪した。

「良い。これぐらいの傷、すぐに治る」

 炎華は鵺の前にしゃがみこむと、震える彼女の肩に手を置いた。

「怪我の具合はどうだ?」

 鵺の右頬を見つめ問いかける。

「少々痛みますが、わたくしもあやかしの端くれ。治癒能力は持っております」

 鵺はそう言ったけれど、爛れた頬は痛々しい。

「ひどい傷……」

 思わずつぶやいた私に、鵺が、きっとしたまなざしを向けた。

「陰陽師、どの口でそのようなことを言うのか。これは、そなたの仲間がつけた傷ぞ!」

 炎華は、真継様と兄弟子が鵺を攻撃したのだと話していた。鵺に、このようなひどい怪我を負わせたのは、真継様と兄弟子なのだ。
 私は、ぎゅっと唇を噛んだ。

 真継様と兄弟子は、あやかしを退治するという役目を全うしようとしただけ。なんら悪いことはしていない。そう、思うのに――。

「鵺様、横になられたほうがいいです」

 私と炎華の後ろに避難していた小花が出てきて、鵺の前に膝をついた。腕を取り、肩を貸そうとする。鵺は小花を手のひらで制すると、畳に指をついた。

「炎華様、どうか我が娘をお助けくださいまし。我が娘は、陰陽師に囚われているのです。悪逆非道の輩に捕まった娘が、今頃、何をされているのかと思うと、わたくしは生きた心地がいたしませぬ……」

 悔しそうに顔を歪める鵺を見て、私は愕然とした。

 鵺の娘が、陰陽師に囚われている?
 その陰陽師とは、時雨一族のこと?

 何が何やらわからない。混乱している私に、炎華がちらりと視線を向けた。
 炎華は事情を知っているのだろうか。

「鵺、約束しよう。お前の娘は、俺が必ず取り返す」

 炎華の力強い言葉に、鵺はほっとした表情を浮かべると、畳に額をつけて頭を下げた。