夕餉もまた炎華と共にとり、その後は小花に世話をされながら湯浴みをし、私は眠りについた。
 昨夜からの怒濤の展開で、疲れていたのかもしれない。

 熟睡し、朝になり目を覚ますと、やけにすっきりとしていた。
 昨日のように小花が迎えに来て、私を着替えさせた後、私を炎華の待つ部屋へ連れて行った。炎華と共に朝餉をとる。

「昨夜はよく眠れたか?」

「おかげさまで」

「何か困ったことがあれば、遠慮なく言うがいい」

「なら、部屋から出してちょうだい」

「それはできない相談だな」

 悔しい気持ちで炎華を睨み付けたけれど、炎華は涼しい顔をしている。

「ところで、お前が好きな菓子はなんだ?」

 唐突に尋ねられ、私は、

「金平糖だけど、それが何?」

 と、答えた。

「そうか、金平糖か。確かにあれはおいしい菓子だな」

 頤に指を当て、炎華が「ふむ」とつぶやく。
 炎華はその後も私に他愛ない話をふり、私はそれに対してつっけんどんな返事をし、朝餉の時間が終わった。

 一旦、部屋に戻り、しばらく経ってから昼餉に呼ばれる。
 あまりにも暇なので、私は炎華に紙と硯を貸してくれと要求した。炎華はすぐに私の意図を察したのか、「紙と硯は無理だが、書物なら貸そう」と答えた。
 紙と硯さえあれば、札を書けると思ったのに。
 もくろみが見破られ、悔しい気持ちになる。

 午後になり、炎華が部屋に訪れた。

「書物を持って来たぞ」

 数冊の書物を手に入ってきた炎華は、文机の上にそれを置いた。手を伸ばしてみれば、当代人気の作家が書いた小説だ。

「へえ! あやかしもこんなものを読むのね」

 意外に思い、書物と炎華の顔を見比べたら、炎華は「失礼な」と唇を尖らせた。

「あやかしに教養がないとでも思っているのか?」

 ふてくされている顔がやけに可愛くて、私は思わず笑みを漏らした。
 くすくすと笑っていると、炎華がふっと目を細めた。

「やっと笑ったな」

「えっ?」

「ここへ来てから、お前は、泣くか、怒るか、不機嫌な顔ばかりしていた」

 炎華の指摘に、ここ数日の自分の行動を思い返す。

「そんなことを言ったって、閉じ込められていたら、不機嫌にもなるでしょう」

 今度は私が頬を膨らませる。炎華が「それもそうだな」と笑った。 

「手を出せ」

 何だろうと怪訝な表情を浮かべると、炎華は袖の中から小さな巾着袋を取り出した。

「やるよ」

 私の手を取り、巾着袋を載せる。

「これ、何?」

 巾着袋と炎華の顔を見比べた後、私はそっと袋を開けた。

「まあ……!」

 中に入っていたものを見て、目を瞬かせる。色とりどりの小さな粒は、金平糖だ。

「金平糖! 可愛らしい!」

 私は、巾着袋の中から金平糖を一つ摘まみ上げた。とげとげとした形が星のよう。

「どうしたの? これ」

「お前が好きだと言ったから、買ってきた」

 朝の話がここに繋がったのかと、びっくりする。

「……毒とか、入っているんじゃないでしょうね」

 疑いのまなざしを向けたら、炎華は不機嫌そうな表情を浮かべた。

「そんなまだるっこしいことをせずとも、俺がその気になれば、半人前陰陽師のお前など、すぐに殺せる」

 物騒なことを言われて、ひゅっと息を呑む。
 食事を共にし、気さくに声をかけてくる炎華が、あらためて、あやかしの長なのだと実感した。

 私の反応に、炎華は「あー……」と、頭を掻いた。

「悪い。怖がらせるつもりはなかった。その金平糖に毒などは入っていないから、安心して食え」

 ばつが悪そうな炎華を見て、怖がって悪かったなという気持ちになった。そして、そんな風に考えた自分にびっくりする。
 相手はあやかしの長なのに。私は囚われの身なのに。
 困惑している私を、炎華がじっと見つめている。ふと、かつてどこかで、その金色の瞳を見たことがあるような既視感を抱いた。

 しばらくの間、見つめ合っていた私たちは、はっと我に返り、どちらからともなく視線を逸らした。
 私は摘まんでいた金平糖を口に入れた。甘い。

「おいしい」

 小さな声でつぶやくと、

「そうか」

 炎華が満足そうに微笑んだ。鬼だというのが信じられないほど、人間じみた優しい笑みに、どきっとする。

「炎華も、食べる?」

 動揺を悟られないように金平糖を一つ差し出すと、炎華は「食べよう」と言って口を開けた。
 えっ? 口に入れろってこと?

「自分で食べなさいよ」と言って、金平糖を押しつけようと思ったけれど、炎華が無邪気に口を開けているのでそうもできず、私はそうっと炎華の口の中に金平糖を入れた。唇にほんの少し指先が触れ、慌てて手を引っ込める。

「うん、甘いな」

 炎華はばりぼりと金平糖をかじりながら、目を細めた。高級な菓子なのに、雑に食べ過ぎだと、思わず笑いが漏れる。

「もっと大事に食べなさいよ」

「ん? そういうものか?」

 きょとんとしている様子がおかしくて、さらに笑うと、炎華の口元がほころんだ。

「お前は笑ったほうがいい」

「え……?」

「そのほうが可愛い」

 さらりとそんなことを言われて、急激に体温が上がった。

「な、なによ。どういうことよ」

 炎華は私が動揺していることに気付いているのか、手を伸ばすと頬に触れた。びくっと体を震わせる。

「ああ、やはり、もっと早く攫っておけばよかった」

 炎華の手の熱さにどきどきしていると、

「失礼します」

 襖が開いて、小花が顔を出した。炎華の姿を見て、

「やはりここにいらしたのですね」

 と、ほっとした表情を浮かべた。
 私は、ぱっと炎華のそばから体を離した。名残惜しそうに、炎華が手を引っ込める。

「小花、どうした」

「鵺様の意識が戻られました。ただ……」

 鵺?
 私は、先日、対峙したあやかしのことを思い出し、

「鵺がここにいるの?」

 前のめりになって、小花に問いかけた。小花は、私の剣幕に驚いた様子で、私と炎華の顔を交互に見た。どうして私がこんなに驚いているのかわからないといった表情だ。

「千代、その話は後だ。小花、鵺がどうしたと?」

 炎華に促され、小花は気を取り直したように、報告を続けた。

「陰陽師はどこだ、子供はどこだと、とても興奮されていて……」

「なるほど」

 炎華は一つ頷くと立ち上がった。

「様子を見に行こう」

 部屋を出て行こうとする炎華の袖を、私は咄嗟に掴んだ。

「炎華、どういうこと? 鵺がこの屋敷にいるの?」

 ならば、祓わなければ。人を襲うあやかしを退治するのが、陰陽師の役目。

 ――本当に?

 ふと、脳裏に浮かんだ疑問に戸惑う。
 炎華は、「あやかしは人に害をなさない」と言った。むしろ隠れ住んでいるのだと。
 実際、炎華は私に何かしようとはしないし、小花も友好的だ。

 炎華は私を見下ろし、

「気になるのなら、一緒に来るか?」

 と、問いかけた。私は炎華の袖を離して立ち上がり、

「行くわ」

 と、頷いた。