「失礼します・・・・・・」
そっと声をかけながら古びた扉を開けるが、返事は中から聞こえてこない。
鍵はかかっていなかったが、人がいるようには思えないぐらいの静けさだ。
書庫なので当然だが、室内は本で溢れていた。
資料があちこちに積み重ねられ、今にも崩れてしまいそうだ。
「誰も、いない・・・・・・?」
一通り室内を歩いてみたが、人のいる気配がしない。
綾代氏はここにいると言われて来たのに、肝心の本人は不在なのだろうか。
しかし、探しているうちに他の部屋に繋がっていると思しき扉を発見した。
もしやこの先にいるのでは、と扉に手をかける。
ゆっくり開いた扉の向こうには、誰かの書斎のような部屋があった。
机には紙類や本が山積みで、よく見れば書きかけの報告書が放置されたりしている。
壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰まっており、祓い師に関する書籍や外国語の本まで、分野を問わず揃えられている。
綾代修一郎は相当な博識なのだろうか。
この分厚い辞書なんて、雛子の手には収まらないほどだ。
ちょっとした探検のような気分で、修一郎を探しながらあちこち歩き回る。
「書庫の管理も、案外楽しそうなのかもしれませんね・・・・・・?」
雛子は掃除が好きだ。
丁寧に隅々まで掃除をして綺麗になった様子を眺めると達成感を得られるし、なにより無心で作業ができるのが好きだった。
この掃除しがいのある有り様を見る限り、雛子が暇になることはないだろう。
その時のことだった。
カタン・・・・・・───────。
物音が聞こえる。
足音のようなものが近づいてきた。
「ん・・・・・・?」
ふと、視線を感じて振り返るが、そこには誰もいない。
なんだか、誰かに見られている気がする。
途端に背筋に震えが走った。
このところ、奇妙な夢を見るのだ。
知らない誰かに名前を呼ばれ、愛を囁かれる奇妙な夢を。
最初は遠いところからだった。けれども、その姿はだんだん近づいてきて、昨夜は触れてしまいそうぐらいで・・・・・・。
修一郎にまだ会えていないのに、急激に出ていきたくなった。
足音はどんどん近づいてくる。
このままでは、この書斎を出て書庫の扉へ向かう際に鉢合わせてしまうだろう。
であれば、一か八か、近づかれる前に逃げ切ってしまえ。
バンッと勢いよく扉を開けて駆け出そうとする。
その瞬間、目の前にあった何かとぶつかった。
「わっ!」
「・・・・・・大丈夫か、気をつけなさい」
聞こえてきたのは、低い落ち着いた声だ。
雛子がぶつかったのは、物ではなく黒髪の青年だった。
もしや、先程の足音は彼のものであったのだろうか。
勝手に怯えて暴れて、少し恥ずかしい。
青年の着ている黒い衣装は機関の部隊に所属する祓い師に支給させる制服だ。
雛子にとっては憧れの衣装でもあるそれを着ているということは、祓い師であり不審者などではない。
「怪我はないか」
そっと雛子を抱きとめてくれていた手を離す。
「はい、申し訳ありません・・・・・・」
青年はよく見ればとても整った顔立ちをしていた。
涼し気な目元が雛子の顔を覗き込んでいる。
兄と同じくらいの年頃だろうか、初めて見る人だった。
「それで、ここへはなんの用で?」
「あ、えっと、この度書庫へ配属された者なのですが、綾代修一郎さんを探しておりまして」
そこまで言ってから気づいた。
もしやこの青年、綾代修一郎本人ではないかと。
「そうだったのか。俺が綾代修一郎だ。では君が、乙村雛子さんか」
やはり思った通りだった。
が、雛子は即座に頭を抱えたくなった。
勝手に入った上に上司である修一郎にぶつかって騒ぐような真似をするとは、予想外の失態ばかりだ。
「は、はい。乙村雛子と申します。これからよろしくお願いします」
「すまないな、このところやけに忙しく、どうしても手が足りなくて。適当な所から暇な人を寄越してもらうつもりだったのだが、君のような若手が来るなんて思わなかったんだ」
左遷されたと思っていたが、どうやら雛子がここへ配属されたことは修一郎にとっても不本意なものであったようだった。
「本当はこんなところで俺の手伝いよりも、実戦がしたいだろうにすまないな」
まさに雛子が思っていたことを言い当てられて思わず焦る。
「い、いえ!そんなことはありません、どのような仕事でも全力で努めさせていただきます!」
「そうかしこまらなくてもいい。こんなところで立ち話もなんだし、茶でも飲んでいってくれ」
修一郎はにこやかにそう言って、雛子を来客用の応接室へ連れていく。
書庫の入り口付近にあったものだが、書斎に応接室と、西棟の一番奥を占領しているだけあってなかなかの広さだ。
影では物置なんて言われていたりするが、山積みの書籍たちを除けばなかなか素敵な場所だろう。
そっと声をかけながら古びた扉を開けるが、返事は中から聞こえてこない。
鍵はかかっていなかったが、人がいるようには思えないぐらいの静けさだ。
書庫なので当然だが、室内は本で溢れていた。
資料があちこちに積み重ねられ、今にも崩れてしまいそうだ。
「誰も、いない・・・・・・?」
一通り室内を歩いてみたが、人のいる気配がしない。
綾代氏はここにいると言われて来たのに、肝心の本人は不在なのだろうか。
しかし、探しているうちに他の部屋に繋がっていると思しき扉を発見した。
もしやこの先にいるのでは、と扉に手をかける。
ゆっくり開いた扉の向こうには、誰かの書斎のような部屋があった。
机には紙類や本が山積みで、よく見れば書きかけの報告書が放置されたりしている。
壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰まっており、祓い師に関する書籍や外国語の本まで、分野を問わず揃えられている。
綾代修一郎は相当な博識なのだろうか。
この分厚い辞書なんて、雛子の手には収まらないほどだ。
ちょっとした探検のような気分で、修一郎を探しながらあちこち歩き回る。
「書庫の管理も、案外楽しそうなのかもしれませんね・・・・・・?」
雛子は掃除が好きだ。
丁寧に隅々まで掃除をして綺麗になった様子を眺めると達成感を得られるし、なにより無心で作業ができるのが好きだった。
この掃除しがいのある有り様を見る限り、雛子が暇になることはないだろう。
その時のことだった。
カタン・・・・・・───────。
物音が聞こえる。
足音のようなものが近づいてきた。
「ん・・・・・・?」
ふと、視線を感じて振り返るが、そこには誰もいない。
なんだか、誰かに見られている気がする。
途端に背筋に震えが走った。
このところ、奇妙な夢を見るのだ。
知らない誰かに名前を呼ばれ、愛を囁かれる奇妙な夢を。
最初は遠いところからだった。けれども、その姿はだんだん近づいてきて、昨夜は触れてしまいそうぐらいで・・・・・・。
修一郎にまだ会えていないのに、急激に出ていきたくなった。
足音はどんどん近づいてくる。
このままでは、この書斎を出て書庫の扉へ向かう際に鉢合わせてしまうだろう。
であれば、一か八か、近づかれる前に逃げ切ってしまえ。
バンッと勢いよく扉を開けて駆け出そうとする。
その瞬間、目の前にあった何かとぶつかった。
「わっ!」
「・・・・・・大丈夫か、気をつけなさい」
聞こえてきたのは、低い落ち着いた声だ。
雛子がぶつかったのは、物ではなく黒髪の青年だった。
もしや、先程の足音は彼のものであったのだろうか。
勝手に怯えて暴れて、少し恥ずかしい。
青年の着ている黒い衣装は機関の部隊に所属する祓い師に支給させる制服だ。
雛子にとっては憧れの衣装でもあるそれを着ているということは、祓い師であり不審者などではない。
「怪我はないか」
そっと雛子を抱きとめてくれていた手を離す。
「はい、申し訳ありません・・・・・・」
青年はよく見ればとても整った顔立ちをしていた。
涼し気な目元が雛子の顔を覗き込んでいる。
兄と同じくらいの年頃だろうか、初めて見る人だった。
「それで、ここへはなんの用で?」
「あ、えっと、この度書庫へ配属された者なのですが、綾代修一郎さんを探しておりまして」
そこまで言ってから気づいた。
もしやこの青年、綾代修一郎本人ではないかと。
「そうだったのか。俺が綾代修一郎だ。では君が、乙村雛子さんか」
やはり思った通りだった。
が、雛子は即座に頭を抱えたくなった。
勝手に入った上に上司である修一郎にぶつかって騒ぐような真似をするとは、予想外の失態ばかりだ。
「は、はい。乙村雛子と申します。これからよろしくお願いします」
「すまないな、このところやけに忙しく、どうしても手が足りなくて。適当な所から暇な人を寄越してもらうつもりだったのだが、君のような若手が来るなんて思わなかったんだ」
左遷されたと思っていたが、どうやら雛子がここへ配属されたことは修一郎にとっても不本意なものであったようだった。
「本当はこんなところで俺の手伝いよりも、実戦がしたいだろうにすまないな」
まさに雛子が思っていたことを言い当てられて思わず焦る。
「い、いえ!そんなことはありません、どのような仕事でも全力で努めさせていただきます!」
「そうかしこまらなくてもいい。こんなところで立ち話もなんだし、茶でも飲んでいってくれ」
修一郎はにこやかにそう言って、雛子を来客用の応接室へ連れていく。
書庫の入り口付近にあったものだが、書斎に応接室と、西棟の一番奥を占領しているだけあってなかなかの広さだ。
影では物置なんて言われていたりするが、山積みの書籍たちを除けばなかなか素敵な場所だろう。