武士が刀を抜くのは、(おの)が命を(なげう)つとき。父はよくそういった。それは教えというよりも誡めのようだった。

 父と共に戦う。母を亡くしてから、それだけを望んでいた。

 父と二人になった三度目の春、(わたくし)は望みを父へ打ち明けた。そこで初めて、父はいった。武士が刀を抜くのは、己が命を擲つときだと。

覚悟はできているつもりだった。その上で、私は父と共に戦いたいと望んでいた。

 父には内密に剣を習った。裕福ではなかったので、師範には別の形で謝礼を贈った。

師範の家には美しい庭があったので、その手入れを謝礼としてもらったのだ。道場を持っているわけではないというのもあったかもしれない。ただ個人的に教えてもらっていた。

 ある日、庭の手入れをしていたところ、師範がいった。

 「一人娘が戦に出るといえば、儂も認めない」

 振り返った先で、師範は穏やかに空を見上げていた。よく晴れた空だった。

 私は姿勢を正し、師範を見詰めた。「なぜです」

娘だからか。女だからか。どうにも悔しくて、私は強く手を握りしめた。娘も、女も、戦えるぞ。

 返ってきた彼の視線は鋭かった。「戦は(こころ)の通じぬ相手とするものだ」という声は、重く体の底を揺らすような響きだった。

 「この時代に魂が通じぬとなれば、相手はもはや人間ではない。人間でなくとも魂を通わせることのできる世だ、刀を抜く相手は悪霊のようなものだ。自分の子をそれと戦わせようなんぞ、考える者はあるまい」

 私は握りしめた手にさらに力を籠めた。

 「私は父と、平和な世に生きるのです」

 そのためならば、この身を危険に曝すことなど厭わない。

 「私は父と、戦を終わらせます」

 母は戦のためにいなくなった。近くで戦が起こり、医者に診てもらえなかった。戦のために、父は妻の最期に立ち会えなかった。

 「私は必ずや、父と平和な世へ向かいます。悪霊を全て鎮め、失うもののない世界を切り拓きます」

 父は武士で、私はその娘だ。戦を絶つほか、なにができよう。皆の期待と希望を受け取っている。それを消費するばかりでは咎人と変わらない。