「正確にわからなきゃ駄目だ。
例えば、お嬢さんの視覚を借り受けるとかね」

 シロはどこか面白そうにそう言った。

 視覚を誰かと共有する話は以前した。
 単純に見えているものを他の人にも見せるのではなく、心の一部も共有するため心を見透かされてしまう。

 その話を聞いたときにはありえないと思った。
 だから断った。

 だけど今は――

 ちらりとイヅナの事を見た。
 彼も私の事を見ていて目が合った。

 この人は信用できる。そう思った。
 初めて私の言ったことを信じてくれた人で、少し不器用だけど私の事を心配してくれて、そして――
 私が初めて好きになった人だ。
 人間ではない。そう彼は言っていたけれどそんな事は関係ない。

「いいよ。私の心をみても」

 私はイヅナにそう言った。
 イズナの息を飲む音が聞こえた。

「私の見えているものをあなたにも見せてあげたい」

 私の中身を見られてしまうのは心もとない様な、気恥ずかしさはまだある。
 けれど私の見ているものをこの人と共有してみたいと思ったのだ。

 それは不思議な心地だった。

「シロちゃんお願いね」

 シロがイヅナの方からぴょんとわたしの肩へ飛び移った。
 それからシロちゃんが目を細めると肩のあたりから心臓にかけてぽかぽかする気がした。

「準備はいいか少年」

 シロちゃんがイヅナに言った。


「ああ、いつでも大丈夫だ」

 イヅナがそう言うと直ぐに、繋がったのが分かった。

「紬の見ている世界は、こんなにも綺麗なのか……」

 目を細めてイヅナが言った後、ケガレを見つめた。

「これはよく見える」

 そう呟きながらイヅナは剣を鞘から抜く。
 それをかざして「オン チラチラヤ ソワカ」と呟いた。

 知らない呪文だったけれど、その音は不思議に響いて地面を伝わっていく様だった。

 当たりが一瞬まばゆい光に包まれるのが見えた。
 次の瞬間、ケガレが崩壊してそれに閉じ込められていた人々が崩れ落ちる。

 大丈夫だろうかと近くへ駆け寄ると怪我も無く、意識もあるようで皆一様に瞬きを繰り返してあたりを見回している。
 イヅナはほっと息を吐くと剣を鞘に戻していた。

「お、俺はこんなものは認めないぞ!!」

 気を抜きそうになったその時、高遠がそう叫んだ。
 認めないも何もないと思わず冷たい視線を送ってしまった。
 今まで何か言われるたびに少しずつ傷ついてきた心が高遠に対してはもう何も感じなくなっている。その位この人がどうでもいい人になってしまっているのだと気が付く。

「別に、お前が認めても認めなくても紬は俺のものにするから関係ない」
「お、おま……、姿が……」

 高遠が驚きの声を上げる。
 私の肩に乗ったままのシロが「人間がこちらの姿を見るための道具を作ることができるんだ、我々あやかしにも確実に目に写る様にすること等造作もない」と言った。
 いま高遠の目にも、揺らぐ影の様な姿ではないイヅナが見えているのだろう。
 それよりも、私には『俺のものにする』という言葉の方が気になった。

「なあ、紬、天狗の里に嫁にこないか?」

 イヅナの言ったことに正直驚いてしまった。

「それは私の目が珍しいから?」
「はあ!?」

 イヅナが怒ったような声で聞き返す。

「そんな訳ねえだろ」

 イヅナの耳が赤い。
 それで、彼がそういう意味で言ったのだと分かった。

 あやかしの里という場所があるという事は知っている。
 人だけではたどり着けないかくりよにあるというあやかしの里に私を連れて行きたいと言っているのだ。

 迷わなかったと言ったらウソになる。
 私はイヅナを好きだという事をもう自覚しているけれど、それとこれとは別問題だ。

 だけどもう答えは決まっていた。

「私を連れて行って!!」

 そう叫ぶと、高遠がひゅっと息を飲む音が聞こえた。

 イヅナは嬉しそうに口角を上げると背中の羽を広げて私に手を差し出した。
 その手をとると力強い腕に抱きしめられる。

「お熱いねえ」

 私の肩に乗ったままのシロがそう言った。

「だろう?」

 面白そうにイヅナはシロにそう返すと、ふわりと宙に浮く。
 慣れない浮遊感に思わずイヅナにしがみつくと、彼は嬉しそうに笑ってそれから彼方に飛び立った。