私が答えると、イヅナは私の顔を覗き込むようにした。
「なんでそんな嫌なやつと婚約してるんだ?」
上手く答えられなくて俯くとハクが「親が決めた許嫁ってやつだろう」と言って目を細めた。
「ふーん」
心底面白くなさそうにイヅナは返事をした。
高遠はしばらくしてから私の前にあらわれた。
彼はいつもそうだ。
私が周りの人間から陰口を叩かれたり、針の筵だったり、そういう状況をまず作り出してしばらくしてから勝ち誇った様な顔をして私の前にあらわれる。
別に彼が私に勝った訳じゃないのに。
言ったところでもめるだけだと分かってるから何も言わないけれど、何も思っていない訳じゃない。
「相変わらずこういう会でも独りぼっちなんだな。本当に寂しい女だな」
そう高遠は言った。
「別にひとりじゃないだろ」
イヅナが言うが、イヅナは誰からも見えてない事に変わりはない。
事実高遠はイヅナの方を見ようともしないし、彼の声も聞こえていないように見える。
「どうした? また何か特別なものが見えているフリか?」
高遠に言われて困惑してしまう。
彼の言っている特別なものは穢れのことだけれど、今私が見ているのはそれではなくイヅナだ。
「完全じゃなくていいなら、知覚されてもいいぜ」
何故か普段は人に見られるという気がまるでないイヅナがそう言った。
ぼんやりと輪郭が分かる程度だけどなとイヅナは言う。
ハクは喉で笑い声をあげている。
私がいつも一人だったという事はこの人は知っている筈で、都度自分がそこにいると分からせようとはしてこなかった。
別に私もそれを必要としていなかった。
けれど、今なぜか彼は姿を見せてもいいと言っている。
ぐにゃり。
蜃気楼を纏うように一瞬、空気が歪んだ気がした。
「ほ、本物!?!?」
高遠が、驚いている。
「本物も糞も、俺の実体すらまともに捉えられていないだろうに」
光り輝くなにかにしか見えてない筈だと、イヅナは高遠を鼻で笑った。
「あやかしに気に入られたからといって、何だというんだ。
お前が嘘つきだった事実は変わらないだろう!?」
高遠が叫んでしまった所為で、周りの皆がこちらを見てしまっている。
横でイヅナがまるで頭痛がするかのようにこめかみに手を当てている。
その気持ちはちょっと分かる。
「俺にも使役できるあやかし位いるんだ」
高遠がこちらを睨みつける。
婚約者というのはなにか競い合って当てつけをしなければならない関係だったのだろうか。
そういうものじゃない人間関係を誰かと築けないだろうかなんて、考えてしまう。
高遠が取り出したのは、古めかしい壺だった。
「あれはまずいな」
ハクが言った。
そこから黒いヘドロの様なモノが漏れているのが私にもわかった。
「ダメ!!」
私は叫んだけれど高遠は壺についていた蓋を開けてしまった。
中から、ドロドロとしたものがあふれ出てきている。
けれど、高遠はそれに気が付いていないようで、明るい声で、「あやかしよ、我が命令に従え」といっている。
刹那、ずんと周囲の空気が重くなった気がした。
私の目にはあやかしは見えていない。
目に映るこれは――
「穢れの塊……」
普段見るよりも大きく濃い穢れがあたりに充満していく。
穢れが渦巻いたところにいた人々がバタバタと気を失うように倒れていく。
「な、なんだこれはっ!」
静まりください、しずまりくださいと高遠が壺に向かって話しかけている。
壺を持っている人間には穢れがまとわりつかないのだろうか。
穢れはどろどろと濃くなっていく。
実体を持ったように広がっていって濁流の様にさえ見える。
あれを何とかしないといけないのは分かる。
けれど方法は分からない。
目の前には穢れが渦を巻いていて、木が根を張る様に人を巻き込んで広がっていた。
靄というよりはすでにそれは布の様にも見えて巻き込まれた人たちを包み込んでいる。
これではきっと穢れを何とかしようとしても取り込まれた人を巻き込んでしまう。
あやかしは古来人と寄り添って生きてきた。
けれど彼らは人ではない。
穢れを清めようとして、人を巻き込むことに躊躇をしてくれるのだろうか。
「根源を絶つか、もろとも消し飛ばすか、二つに一つだな。どうする少年」
シロがイヅナにそう言った。
イヅナは悩んでいる様に見えた。
「根源が分かれば、それだけを祓う事ができるんですか?」
私の言葉にシロは目を細めて言った。
「お嬢さんに見えるのかね」
根源が何だかはよく分からない。
けれどこの穢れの中心の事だろう。
布が広がって根の様になっているその塊の最も濃い部分、ひと際黒くよどんでいる部分。それは見ればわかる。
「見えます。見えてます」
まっすぐにその中心を指さす。
「残念ながらそれでは駄目だねえ」
シロは言った。
私の指をさした場所が間違っているという意味だろうか。
それとも――
「なんでそんな嫌なやつと婚約してるんだ?」
上手く答えられなくて俯くとハクが「親が決めた許嫁ってやつだろう」と言って目を細めた。
「ふーん」
心底面白くなさそうにイヅナは返事をした。
高遠はしばらくしてから私の前にあらわれた。
彼はいつもそうだ。
私が周りの人間から陰口を叩かれたり、針の筵だったり、そういう状況をまず作り出してしばらくしてから勝ち誇った様な顔をして私の前にあらわれる。
別に彼が私に勝った訳じゃないのに。
言ったところでもめるだけだと分かってるから何も言わないけれど、何も思っていない訳じゃない。
「相変わらずこういう会でも独りぼっちなんだな。本当に寂しい女だな」
そう高遠は言った。
「別にひとりじゃないだろ」
イヅナが言うが、イヅナは誰からも見えてない事に変わりはない。
事実高遠はイヅナの方を見ようともしないし、彼の声も聞こえていないように見える。
「どうした? また何か特別なものが見えているフリか?」
高遠に言われて困惑してしまう。
彼の言っている特別なものは穢れのことだけれど、今私が見ているのはそれではなくイヅナだ。
「完全じゃなくていいなら、知覚されてもいいぜ」
何故か普段は人に見られるという気がまるでないイヅナがそう言った。
ぼんやりと輪郭が分かる程度だけどなとイヅナは言う。
ハクは喉で笑い声をあげている。
私がいつも一人だったという事はこの人は知っている筈で、都度自分がそこにいると分からせようとはしてこなかった。
別に私もそれを必要としていなかった。
けれど、今なぜか彼は姿を見せてもいいと言っている。
ぐにゃり。
蜃気楼を纏うように一瞬、空気が歪んだ気がした。
「ほ、本物!?!?」
高遠が、驚いている。
「本物も糞も、俺の実体すらまともに捉えられていないだろうに」
光り輝くなにかにしか見えてない筈だと、イヅナは高遠を鼻で笑った。
「あやかしに気に入られたからといって、何だというんだ。
お前が嘘つきだった事実は変わらないだろう!?」
高遠が叫んでしまった所為で、周りの皆がこちらを見てしまっている。
横でイヅナがまるで頭痛がするかのようにこめかみに手を当てている。
その気持ちはちょっと分かる。
「俺にも使役できるあやかし位いるんだ」
高遠がこちらを睨みつける。
婚約者というのはなにか競い合って当てつけをしなければならない関係だったのだろうか。
そういうものじゃない人間関係を誰かと築けないだろうかなんて、考えてしまう。
高遠が取り出したのは、古めかしい壺だった。
「あれはまずいな」
ハクが言った。
そこから黒いヘドロの様なモノが漏れているのが私にもわかった。
「ダメ!!」
私は叫んだけれど高遠は壺についていた蓋を開けてしまった。
中から、ドロドロとしたものがあふれ出てきている。
けれど、高遠はそれに気が付いていないようで、明るい声で、「あやかしよ、我が命令に従え」といっている。
刹那、ずんと周囲の空気が重くなった気がした。
私の目にはあやかしは見えていない。
目に映るこれは――
「穢れの塊……」
普段見るよりも大きく濃い穢れがあたりに充満していく。
穢れが渦巻いたところにいた人々がバタバタと気を失うように倒れていく。
「な、なんだこれはっ!」
静まりください、しずまりくださいと高遠が壺に向かって話しかけている。
壺を持っている人間には穢れがまとわりつかないのだろうか。
穢れはどろどろと濃くなっていく。
実体を持ったように広がっていって濁流の様にさえ見える。
あれを何とかしないといけないのは分かる。
けれど方法は分からない。
目の前には穢れが渦を巻いていて、木が根を張る様に人を巻き込んで広がっていた。
靄というよりはすでにそれは布の様にも見えて巻き込まれた人たちを包み込んでいる。
これではきっと穢れを何とかしようとしても取り込まれた人を巻き込んでしまう。
あやかしは古来人と寄り添って生きてきた。
けれど彼らは人ではない。
穢れを清めようとして、人を巻き込むことに躊躇をしてくれるのだろうか。
「根源を絶つか、もろとも消し飛ばすか、二つに一つだな。どうする少年」
シロがイヅナにそう言った。
イヅナは悩んでいる様に見えた。
「根源が分かれば、それだけを祓う事ができるんですか?」
私の言葉にシロは目を細めて言った。
「お嬢さんに見えるのかね」
根源が何だかはよく分からない。
けれどこの穢れの中心の事だろう。
布が広がって根の様になっているその塊の最も濃い部分、ひと際黒くよどんでいる部分。それは見ればわかる。
「見えます。見えてます」
まっすぐにその中心を指さす。
「残念ながらそれでは駄目だねえ」
シロは言った。
私の指をさした場所が間違っているという意味だろうか。
それとも――