承認欲求のために嘘を付く人間と態々友達になろうとする人なんかいない。
それが事実かどうかは関係なく、そんな風に噂をされる時点でちょっとヤバいやつという事で距離を置かれる。
当たり前だとは思う。
当たり前だけど、みじめでもある。
私が教室に入る瞬間、誰が来たのかクラスメイト達は視線をこちらによこして、すぐに興味がなさそうに視線を逸らす。
誰も私におはようとも言わない。
イヅナはこの状態をどう思うだろう、そう思って彼の顔を見上げたけれど何も気にした様子は無かった。
あやかしは人間と価値観が違うからそんな事は気にならないのかもしれない。
何も気にせず私の横で授業をヒマそうに聞いてダラダラとして、ハクに怒られて、だけどそれを誰も気にせずお昼休みになった。
お昼も毎日私は一人だ。
「これ、美味いなあ」
他人からまともに姿を知覚されない事をいいことにイヅナは私の弁当箱からエビフライをひょいと取り出して食べてしまう。
「からあげもどうぞ」
嫌味のこもった声で言うと「えー、鶏肉は食べない。なんか共食いみたいだろう?」とイヅナが答えた。
『嘘つき』の私はいつも一人でご飯を食べていたから、こんな誰かとのやり取りが楽しい。
でも、そんな事はこのあやかしには言ってやらない。
だって、今日のメインディッシュを勝手に食べてしまったのだから。
だけど、目の前のあやかしはご飯を食べるらしい。
明日ももしいたら、彼の分のお弁当も作ってあげてもいいかもしれない。
「ねえ、なんでイヅナはここにいるの?」
イヅナに聞こえないようにそっとハクに言うと、「しばらくはここにいる予定だ」と答えた。
答えになっていない気がするけれど聞きたかった目的ははたせた。
「ねえ、キツネは油揚げが好きって本当?」
私が聞くと「本当だ」とハクは答えた。
カラス天狗は共食いっぽいので鶏肉は嫌いだというのに、キツネはおとぎ話の様に油揚げを食べるらしい。
それから毎日、イヅナ達は登校時間になると私の事を待ち構えていた。
* * *
「あ、あそこ少し穢れが強い」
私が言うと、イヅナは手でそのあたりを祓う。
すぐにそこにあった薄い靄が無くなる。
「あなたにも見えればいいのにね」
私がそう言うと「方法は無くはないぞ」とイヅナの肩に乗ったハクが言う。
「本当に!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。
だって、誰かに私の見えている世界を見せることができれば、私が嘘を付いていないと証明できる。
出来ることなら、私が嘘を付いていないと証明したかった。
「視覚の共有をするあやかしの術がある」
ハクが言った。
「おい」と言って、イヅナが止めた。
あやかしの術の事を人に知らせてはいけないのかもしれないと思ったけれど、どうしてもそのことが知りたかった。
「ただ問題がある術でな」
なんだろう。成功率が低いとかだろうか。
「視界を共有したものの心が覗けてしまうんだよ、お嬢さん」
私の様に、長生きをしていると、その辺は大したことじゃ無いのだけれど、君たちみたいな子供には割と気になるのだろう?
と言われてしまった。
心を覗かれる。の意味が一瞬分からなかった。
「考えていることが知られてしまうってこと?」
「まあ、それだけじゃないがね、大体はそんな感じだ」
ハクが答える。
「やめておけ」
イヅナがもう一度遮る様に言った。
「人間というのは誰でも知られたくない事があるものなのだろう?」
その声は、やさしさに満ちている気がした。
だから、それ以上無理矢理にでも聞き出そうという気持ちが小さくなった。
隠しておきたいどろどろとした気持ちを誰かに知られるのは嫌だ。
私が嘘つきだと言われて心の内側にできた傷も、いま楽しく暮らしている人たちに対する嫉妬も誰にも見られたくはない。
「あなた、案外人間の気持ちが分かるのね」
私がそう言うと「俺にも知られたくない事の一つや二つある」とぶっきらぼうにイヅナは答えた。
そういうところが彼らしいと思った。
彼らしいという程イヅナの事をまだ知らないのにそんな風に思って、それが少しだけ嬉しい。
目の前のひとは人間ではなくあやかしで、きっと友達にすらなれないのにこんなことで嬉しくなるなんておかしい。そう思い ながら、そういうふうに思う心を覗かれるのも怖いと思った。
* * *
イヅナ達は学校がお休みの日は現れないものだと思っていた。
実際週末は何度もあったけれど一度も彼らの姿を見たことは無い。
だから、家の集まりにイヅナ達がいて少々驚いてしまった。
今日は、婚約者である高遠もいる予定なので気まずい。
別に高遠からイヅナを見ることはできないのかもしれないけれど、私の婚約者という存在をイヅナには知られたくないと思った。
あやかしを見れる者の集まりには思ったより人が集まっていて、まるでパーティの様だった。
「紬はここで何をするんだ」
勝手シャンパンに手を付けながらイヅナは言った。
認識されていない筈なのにちゃっかりとシャンパングラスを貰っているあたり、神様というのはお手軽だ。
「……婚約者に会うの」
もごもごと活舌の悪い喋り方になってしまった。
「こんやくしゃあ?」
「そう、婚約者」
「なのに、全然楽しそうじゃないな」
「楽しくないもの」
それが事実かどうかは関係なく、そんな風に噂をされる時点でちょっとヤバいやつという事で距離を置かれる。
当たり前だとは思う。
当たり前だけど、みじめでもある。
私が教室に入る瞬間、誰が来たのかクラスメイト達は視線をこちらによこして、すぐに興味がなさそうに視線を逸らす。
誰も私におはようとも言わない。
イヅナはこの状態をどう思うだろう、そう思って彼の顔を見上げたけれど何も気にした様子は無かった。
あやかしは人間と価値観が違うからそんな事は気にならないのかもしれない。
何も気にせず私の横で授業をヒマそうに聞いてダラダラとして、ハクに怒られて、だけどそれを誰も気にせずお昼休みになった。
お昼も毎日私は一人だ。
「これ、美味いなあ」
他人からまともに姿を知覚されない事をいいことにイヅナは私の弁当箱からエビフライをひょいと取り出して食べてしまう。
「からあげもどうぞ」
嫌味のこもった声で言うと「えー、鶏肉は食べない。なんか共食いみたいだろう?」とイヅナが答えた。
『嘘つき』の私はいつも一人でご飯を食べていたから、こんな誰かとのやり取りが楽しい。
でも、そんな事はこのあやかしには言ってやらない。
だって、今日のメインディッシュを勝手に食べてしまったのだから。
だけど、目の前のあやかしはご飯を食べるらしい。
明日ももしいたら、彼の分のお弁当も作ってあげてもいいかもしれない。
「ねえ、なんでイヅナはここにいるの?」
イヅナに聞こえないようにそっとハクに言うと、「しばらくはここにいる予定だ」と答えた。
答えになっていない気がするけれど聞きたかった目的ははたせた。
「ねえ、キツネは油揚げが好きって本当?」
私が聞くと「本当だ」とハクは答えた。
カラス天狗は共食いっぽいので鶏肉は嫌いだというのに、キツネはおとぎ話の様に油揚げを食べるらしい。
それから毎日、イヅナ達は登校時間になると私の事を待ち構えていた。
* * *
「あ、あそこ少し穢れが強い」
私が言うと、イヅナは手でそのあたりを祓う。
すぐにそこにあった薄い靄が無くなる。
「あなたにも見えればいいのにね」
私がそう言うと「方法は無くはないぞ」とイヅナの肩に乗ったハクが言う。
「本当に!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。
だって、誰かに私の見えている世界を見せることができれば、私が嘘を付いていないと証明できる。
出来ることなら、私が嘘を付いていないと証明したかった。
「視覚の共有をするあやかしの術がある」
ハクが言った。
「おい」と言って、イヅナが止めた。
あやかしの術の事を人に知らせてはいけないのかもしれないと思ったけれど、どうしてもそのことが知りたかった。
「ただ問題がある術でな」
なんだろう。成功率が低いとかだろうか。
「視界を共有したものの心が覗けてしまうんだよ、お嬢さん」
私の様に、長生きをしていると、その辺は大したことじゃ無いのだけれど、君たちみたいな子供には割と気になるのだろう?
と言われてしまった。
心を覗かれる。の意味が一瞬分からなかった。
「考えていることが知られてしまうってこと?」
「まあ、それだけじゃないがね、大体はそんな感じだ」
ハクが答える。
「やめておけ」
イヅナがもう一度遮る様に言った。
「人間というのは誰でも知られたくない事があるものなのだろう?」
その声は、やさしさに満ちている気がした。
だから、それ以上無理矢理にでも聞き出そうという気持ちが小さくなった。
隠しておきたいどろどろとした気持ちを誰かに知られるのは嫌だ。
私が嘘つきだと言われて心の内側にできた傷も、いま楽しく暮らしている人たちに対する嫉妬も誰にも見られたくはない。
「あなた、案外人間の気持ちが分かるのね」
私がそう言うと「俺にも知られたくない事の一つや二つある」とぶっきらぼうにイヅナは答えた。
そういうところが彼らしいと思った。
彼らしいという程イヅナの事をまだ知らないのにそんな風に思って、それが少しだけ嬉しい。
目の前のひとは人間ではなくあやかしで、きっと友達にすらなれないのにこんなことで嬉しくなるなんておかしい。そう思い ながら、そういうふうに思う心を覗かれるのも怖いと思った。
* * *
イヅナ達は学校がお休みの日は現れないものだと思っていた。
実際週末は何度もあったけれど一度も彼らの姿を見たことは無い。
だから、家の集まりにイヅナ達がいて少々驚いてしまった。
今日は、婚約者である高遠もいる予定なので気まずい。
別に高遠からイヅナを見ることはできないのかもしれないけれど、私の婚約者という存在をイヅナには知られたくないと思った。
あやかしを見れる者の集まりには思ったより人が集まっていて、まるでパーティの様だった。
「紬はここで何をするんだ」
勝手シャンパンに手を付けながらイヅナは言った。
認識されていない筈なのにちゃっかりとシャンパングラスを貰っているあたり、神様というのはお手軽だ。
「……婚約者に会うの」
もごもごと活舌の悪い喋り方になってしまった。
「こんやくしゃあ?」
「そう、婚約者」
「なのに、全然楽しそうじゃないな」
「楽しくないもの」