あやかしが住んでいる街では、あやかしの力がないと存続は不可能であると、昔誰かから聞いた。
けれど、そんな話はでまかせだと街の人々は言う。


あやかしの彼が言うには、昔の人間たちは今みたいにあやかしを嫌ったりせず、互いに尊重し合うものとして共存していたらしい。
その頃は趣のある建物が多く、和の文化を嗜む街だった。しかし、時が経つにつれ街の様子は変わっていった。
和を嗜む街から洋風な街並みに変わり、人々の服装や思想も移り変わった。

提灯からランタンへと名前が変わったのもこの時だったが、提灯職人は和の文化を継承していく責務があると、先祖は提灯の存在を残した。


そんな街の様子をずっと見ていたあやかしたちは、自分たちも街に溶け込まなくてはと思い、和の装いから洋装へ。
あやかしらしい羽や耳、角などは隠し、限りなく人間に近い姿で、以前と変わらず人間と共に生きていた。



「あやかしというのは、人間とは違う生き物だ。それでも俺たちの持っている力は人間の役に立っていた。天候を操って雨を降らせたり、子宝を恵む力を持っていたり、豊作をもたらすやつもいる」


それらの力を駆使して、あやかしたちは人間の知らぬ間に街を守っていた。


それがいつからだろう。あやかしは厄災を引き起こす者として見られるようになったのは。


「二十年ほど前に、あやかしが住んでいる山で火事が起きた。何者の仕業なのかは今も分からないが、人間たちはその山火事をあやかしのせいにした。そりゃあやかしが住んでいた場所だから疑われるのは仕方ないが、彼らはやっていない。焼け跡を見てもそれは歴然なのに、聞く耳を持たなかった人間は、あやかしを疑い、恐れ、嫌った」

その山火事で焼け焦げたのは山の一部で、街まで被害は及ばなかった。それも全て、早くに気づいたあやかしたちが対処したからであっても、人間たちは信じなかった。
あの火事で畑がだめになったら、街が焼けたらどうするのだと、考えるのは自分たちのことだけで。


今から二十年前。
あやかしと共に歩んでいた街の時間は止まってしまった。



あやかしは厄災を引き起こす。
そんな噂が広がり始め、花提灯に祈りを捧げるようになった。


「確かに全てのあやかしが善良だとは言い切れないが、少なくともこの街にいたのは有能で良い奴らだ。それは十八年見てきた俺が保証する。
なのに今の人間ときたら、何でもかんでも俺たちのせいにしやがって。そもそもな、お前らがやっている花提灯祭りとやらは、あやかしたちを追い出すものだ。厄災だと決めつけて街から追い払ったら、そりゃ雨も降らんわ、嵐は来るわで、当然のことなんだよ。
そうとも知らず空へ舞う花を見て綺麗だのお祈りだの、腹立たしい」


小さな羽で宙を舞いながら腕を組み、部屋の中を優雅に飛び回っている。
その様子を気にも留めず、エマはずっと考え込んでいた。


昔から築かれていた信頼関係が、たった一度の山火事で壊れ、あやかしたちを追い詰めてしまった。
それに未だ気づいていない私たちは、祭りであやかしを追い払おうなどと……。

彼の言うことが信用できるものかは分からない。
けれど、ここ二十年で起きた街の人々を悩ませている問題と時期が重なっているし、山火事が起きたことも聞いたことがあった。


「嘘だと思うなら今年も祭りをやればいいさ。今この街にいるのは天狗の俺だけ。最後の一人がいなくなったらこの街はどうなるんだろうな」

「……」

嘲笑うように話す彼に、何も言い返せない。

もしも私が花提灯を作れば、雨が降らず作物が枯れ果てる。後継者がいなければ、街の時間は止まり、完全に廃れる。

夜空を彩る花提灯が、この街を、あやかしたちを、苦しめていた。
私の、せいで……?


俯く瞳に涙が滲む。
泣くな。まだ終わったわけじゃない。

拳を握り、唇を噛んで必死に止める。


「そんなの、だめだよ」

「あ?」


震える声に、舞っていた彼がエマの前でピタリと止まる。
顔を上げると不機嫌そうに眉をひそめた目と合った。


「どうにかならない?私にできることはなんでもするから。この街は私にとって大切な居場所だから、守りたい」

「だから祭りを中止しろと言っている」

「それは……無理だよ。それ以外のことならなんでもするから」

「なんでも……」


彼の望み通り祭りを中止することは難しい。
頼んだとしたとしても、街の復興を祈願する人々は止められない。
それがこの街にとっての最善だと考えているだろうし、街の人にあやかしの話をしたら相手にしてもらえないかもしれない。そうなれば本末転倒だ。
あやかしの存在を最も恐れているのは人間だから。

それでも私は、人間もあやかしも、みんなが安心して暮らせる街を取り戻したい。
私のせいで苦しんでいるのなら、私がなんとかしなきゃ。



「まずはあいつらを連れ戻さないことにはどうにもならないだろうな。
俺の他に天狗はまだ数人いるし、妖狐と鬼と……あいつは、まぁそのうち戻ってくるだろ」

最後は独り言のように言って聞こえなかったけれど、どうにかすることができるのは分かった。

何やら考え込んでいた彼は、エマの顔を見てニヤリと笑った。

「祭りを中止しないにしても、やるべき事はある。着いてこい」