【ライド】
「まったく、兄上殿は戦争を商売か何かと思っているのか!」
領地内の大きな屋敷に戻ってきていた俺――ライド・ランカスターは、自分で言うのも何だが、相当苛立っていた。
理由は大きく分けて二つ。一つは、俺の甥っ子であるイーサンがこちらに来る途中に谷から落ちて、そのまま行方をくらましてしまったこと。まだ死体は見つかっていないと聞いて探しに行きたかったが、時間をまるで割けなかった。
その理由が二つ目のそれだ。
俺の兄、ヴァッシュが戦争に首を突っ込もうとしているのだ。
王族と反旗を翻した貴族の戦争は、どちらについてもリスクが高い。負け側につけば当然だが、仮に勝ったところで今度は内ゲバが始まるのは目に見えている。だからランカスター家は静観していたというのに、これではこっちまで巻き込まれかねない。
「王族と『西部連合』双方に取り入るだって? 蝙蝠みたいな真似をして、ただで済むと思っているなら耄碌するに早すぎるぞ。それに、イーサンのことも……」
しかも兄上殿はザンダーかケイレムにそそのかされたのか、どちらにも味方の顔をすると言っているのだ。戦争のうまい汁だけを啜ろうとしているのは、もはや明白だった。
こんなことがなければ、今頃イーサンを探しに東奔西走しているというのに。
とはいえ、愚痴をこぼしてもしょうがない。今日もまた、書斎に使用人のノックの音が響いて、外に出て、俺を嫌うランカスター家の連中との無意味な会議が始まるのだから。
「ったく……入れ」
ただ、今日は何故か、老執事が持っているのは山ほどの書類ではなかった。代わりに彼が手にしているのは、小さな手紙だけだった。
「ライド様、ディメンタ村の村長、レベッカ殿より手紙が届いております」
「手紙? それも、ディメンタ村から?」
「お忙しいようでしたら、わたくしが代わりにお返事をしましょうか」
「いや、俺が読もう。今まで一度も税に文句を言わなかった辺境から、わざわざ手紙を送ってくるなら、よほどのことがあったに違いない」
半分は本心、もう半分は気分転換だ。
ついでに言うなら、辺境の村からの手紙がどんなものか、僅かながら好奇もあった。
「もっとも、俺の考えすぎかもしれないがな……ん?」
自嘲するような笑いと共に手紙の封を開けた俺の掌に、何かが転がった。
「――これは」
俺はそれに、見覚えがあった。
いや、見覚えがあって当然だ。これはもともと俺のもの、ランカスター家の家紋が彫り込まれた銀色のペンダントで、今これを持っている人間を俺は一人しか知らない。
そして開いた手紙の内容も、間違いなく彼――イーサンからのものだった。
ケイレムの企みで谷底に落ちたこと。
魔法に覚醒して、谷から離れたディメンタ村の世話になっていること。
外敵に悩まされる村を救うべく、領主になりたいと願っていること。
全てを読み終えた時、俺の口元はつり上がっていた。
「……ふ、はは、はははははっ!」
いや、耐えきれなかった。甥っ子が生きていて、急激に成長して、子供とは思えない覚悟を決めたんだ。それを喜ばない叔父が、いるはずがないだろうよ。
「まさか渓谷からそこまで離れた村にいたとはな。どうやったのかは分からないが、流石俺の見込んだ子だ。大人の予想なんて、簡単に飛び越えてくる!」
執事が後ろで呆然としているのも構わず、俺は感傷に浸ってしまった。
「……本当に、立派な子だ……!」
顔はほころんでいるのに、一筋の涙だけは抑えられなかった。
死んでしまったのではないかと思ってしまった自分の不安を、彼は手紙越しの笑顔で吹き飛ばしてくれた。まったく、俺なんかよりずっとすごい子だよ、お前は。
「俺への頼み事、というわけか。それも随分難儀な頼み事だ……だが、かわいい甥っ子の為なら、叔父さんは何だってやってやるさ」
さて、いつまでも感動の涙を流してはいられない。
俺は手紙を畳み、ペンダントをポケットに突っ込むと、早速準備に取り掛かった。
会議よりも何よりも大事な、イーサンのお願いを叶える為に、な。
『イーサン、まずはお前が無事だったことに安心した。
本当ならランカスター邸に連れて帰りたいところだが、今、お前を俺のところに引き戻すのは危険だ。知っての通り、戦争の影響がここまで来ているからな。
そこでお前の頼みに対する返事と、アドバイスだけを記しておく。
まず、俺が持っている領土のうち、ディメンタ村とその周辺はお前に明け渡す。辺境の村だが、お前が言う通りの魔法を持っているなら、きっといい村にできるはずだ。
納税については、収穫物の一割以下でいい。叔父さんからの大サービスだ。
ただし、あまり目立つような行動はとるなよ。今は資源の調達先や戦争の中継点として、村や街を領地内ですら取り合う貴族が多いんだ。俺がにらみを利かせておくが、王族連中が来ないとも言い切れないからな。
それと、村が隆盛しても、しばらくそこから出ない方がいい。
お前を殺そうとした連中がケイレムなら、はっきり言って奴はまだお前を諦めていない。
亡骸を探して必死にボジューダ渓谷に手下を差し向けている。ディメンタ村ほど離れていれば、保証とまではいかないが、比較的安全だろう。
セルヴィッジ家との関係上、俺が直接ケイレムを言及することはできない。
だが、もしもそこにもあの小僧の手が届くようなら、俺に連絡をくれ。
お得意の雷魔法で連中を一人残さずぶちのめしてやるさ。
それじゃあイーサン、元気でな。アリス達にもよろしく。
追伸
戦争が落ち着いたら、俺がそっちに行くよ。
愛する甥、イーサンへ ライド・ランカスター』
村長に叔父さん宛の手紙を伝書鳩で送ってもらってから、早くも返事がきた。
セルヴィッジ邸を出る前に叔父さんに貰ったペンダントが、こんなところで役に立つとは思ってなかった。けど、これのおかげで手紙の送り人が僕だって分かってくれたんだね。
「驚いたぜ、まさかイーサンとランカスター卿が知り合いなんてな!」
「メイも驚いたわよ。でも、セルヴィッジ家の家長の弟がランカスター家にいるなら、イーサンとの繋がりがあるのも、確かに納得できるわね」
僕の後ろから顔を覗かせて手紙を読む皆は、僕と叔父さんの繋がりに驚いていた。村長から手紙を預かったのは村の集会所で、そこには村中の人が集まっていたから、僕の後ろにはこれでもかってくらいの人がいる。視線が背中に刺さる気がするよ。
だけど、僕は嬉しかった。村の皆が、僕が領主になるのを喜んでくれているようだから。
「とにかく、これで確定だな! イーサンが、ディメンタ村の新しい領主だ!」
「ほら、領主サマ。村の皆が集まってるんだし、挨拶の一つでもしときなさい」
カーティス兄妹に言われて、僕は集会所の壇上に立った。こうして背中を押してくれる二人も、色々あった今では大事な僕の友達だ。
「ご主人様、どうぞ威厳あるお言葉を」
僕のすぐ後ろでぺこりと頭を下げるアリスとパトリシアも、僕になくてはならない存在だ。四人に、村の人に勇気を持ってもらえるように、ここできっちり挨拶をしないと。
「えっと……改めて自己紹介させてください。僕はイーサン・ホライゾン・セルヴィッジ。ライド・ランカスター男爵よりディメンタ村の領主として統治を任されました。まだ幼い身ですが、皆さんと協力して村を発展させていきます。よろしくお願いします!」
そう思って声を上げたけど、個人的に点数をつければ、五十点もないなあ。
威厳を含んで言ったつもりなのに、これじゃあ、新入社員の挨拶みたいだ。
「おう、よろしくな!」
「期待してるわね、イーサン様!」
「イーサン様なら、きっと村を良くしてくれるねえ!」
ただ、それでもディメンタ村の皆は手を上げて喜んでくれた。ロックやアリス達だけじゃなくて、レベッカ村長、子供や老人まで僕を歓迎してくれているのが分かった。
ただ、その、イーサン様だなんて恥ずかしい。
領主という立場とは矛盾するけど、やっぱり僕は、人の上に立つのは似合ってない。皆と同じ立場で、村をもっと良くしていくのが、僕にとってはやりやすいね。
「イーサン君、これで遠慮なく恩返しができるってことだね」
「そうだね、パティ。善は急げって言うし、早速、村の問題を解決していこうか」
壇上から降りた僕は、まずロック達に質問してみることにした。
帝王学みたいなのは関わってこなかったけど、領地経営や国土地理、簡単な経済、あとはアリスに内緒で軍略的な面でも少しだけ勉強はしてきた。かじった程度の知識でどうにかなるものじゃないけど、そこは仲間に助けてもらわなきゃ。
「とりあえず、水源とか食糧、鉱物とかで困ってることはない?」
「心配ご無用、ってとこね。ディメンタ村は大きな森と川、山に囲まれているの。魔物の襲撃も昔からあったけど、その分自然の恵みってやつは潤沢にもらえるのよ」
最初に答えてくれたのは、メイだ。
ロックから聞いたけど、彼女は村の子供に簡単な教育をしてあげるくらいには頭がいいらしい。村人が彼女を信頼するのは、頭脳派の側面もあるからかな。
もちろん、彼女の話の意図を理解しているロックも、僕よりずっと聡いはずだ。
「しかも北側にあるのは、国を分断するほど大きなモドス川だからな。分岐した川が近くにあるから、井戸を造れば簡単に水は確保できるんだ。その井戸が今は半分ほど壊されちまってるんだがよ……鉱物に関しちゃ、森の奥の岩肌から少し採れる程度ってとこかな」
「少しっていうと、どれくらい?」
「税として数えられないくらいだ。もうちょっと奥まで行けば分からねえけど、そうなりゃ今度は、追いかけてこられたら村が大惨事になるほどヤバい魔物とご対面だ。だから、鉄製品だとかは基本的に行商人とか他の街から買ってたんだよ」
なるほど。村で採れる資源で言うなら、生活する分には不自由がなかったみたいだね。
ロックの言う危険な魔物のリスクもあるけど、村を維持させる範囲なら遭遇することもないみたい。とはいえ、鉄などの鉱石が取れず、加工する技術も乏しいというのは、唯一問題視してもいいかもしれない。
だけど、今はその心配はない。僕の魔法は、この状況にうってつけだ。
「そっか……だったらなおさら、僕の変性魔法が役に立つかもね」
「期待してるぜ、イーサン。ところで、鉄が作れるならさ、金とか銀、宝石も……」
「それはダメだよ。確かに売ればお金になるけど、出所が分からない貴金属は真贋を疑われちゃう。それに、もしも沢山取れると思い込まれたら、新しい敵を作りかねないしね」
「だよなー。ま、貧乏人の空想話だよ、気にしないでくれ」
悪い意味じゃないけど、ロックは比較的お金の話が多く出てくる気がする。
もっとも、お金が必要なのは事実だね。昔読んだ本によれば、お金は村や街という肉体を成り立たせる為の血液だ。枯渇しても、一か所に留めても死んでしまう。なら、稼ぐ手段は多いに越したことはない。
「ちなみに、村の収入は?」
「主に特産品の軟膏と、森で採れる収穫物を売った金銀銅貨ね。以前は北東の商業都市カサインに売り込めばかなりの収益があったんだけど、今の買い手は月に一度やって来る行商人くらいよ。村の被害が大きくて、とてもカサインに行く余裕がなかったのよ」
「街道も昔はちゃんとあったんだけどよ、乱暴なやつらがぶっ壊していったんだよ。修理についちゃ、ま、そんな余裕はなかったって思ってくれ」
「ふーん……そんなにこの村が狙われる理由って、なんだろうね?」
僕が首を傾げると、返事は兄妹じゃなく、アリス達の方から返ってきた。
「恐らく、大きな都市同士を繋ぐ街道沿いを襲撃すれば、返り討ちに遭うからでしょう。領地に派遣される騎士団であれば、戦争から離脱した脱走兵や残党、野盗程度ではとても敵いません。一方で辺境の村なら、そのような心配もございません」
「徒党を組んでちょっと寄り道がてら村を襲って、元の帰り道に戻るって寸法だよ。特に負け戦を体験した奴らは生きるのにも必死だし、手段は択ばないよねー」
「舐められてる、ってわけね。分かってたけど、むかっ腹の立つ話よ」
こうして話に一区切りついた時、一部しか見えていなかった村の現状が全て捉えられた。
「生活に必要な資源は問題なし。税と収入は対応できる。そのどちらの障害にもなっているのは、村を襲う外的要素。だったら、ここに一番必要なのは――」
正直なところ、村の開拓自体は最低限で済みそうだ。破壊された家屋や井戸、カサインまで続く街道の修復は僕の魔法と村人の協力で、経済面は特産品の更なる調達と自然区域の開拓で何とかなる。
ただ、どちらにもネックとなるのが、迂闊に村の外にも出られない現状だ。そしてその原因は、もう嫌というほど知っているし、分かりきっている。
考えるまでもなく、僕は一つの結論を出した。
「――防衛力だ。魔物や残党軍に攻め込まれないよう、ディメンタ村を強い村にするんだ」
ディメンタ村に足りないのは、村そのものの防衛力。
こちらから攻め込まずとも、向こうに攻め込みたくないと思わせるほどの守備。いずれ村を大きくするのであれば、必ずついて回る外敵への対策を講じないといけない。
そしてディメンタ村では、その要素が最も重要視されるべきなんだ。
当然、いざ領地を強くするといっても、僕一人では何もできない。だから、聞くんだ。
「皆、手伝ってくれるかい?」
僕が問いかけると、誰もが頷いてくれた。
中にははしゃぐ人も、手を取り合って目標が生まれたことに喜びを示してくれる人もいた。アリス達は「成長した」と言って涙を拭っているし、ロック達は僕に飛びついてきた。
なんだか、僕にも分かった気がする。この優しさが、ディメンタ村の本質だって。
なら、皆の笑顔を守るべく、優しさを守るべく、領主として為すべきことを成すんだ。
こうしてようやく――僕の、初めての領地運営物語の幕が上がった。
ひとまず僕に必要だったのは、自分の魔法について知ることだった。
『変性』と『変形』、二つの魔法の能力自体は理解してた。物質の状態を変えて、他のものを作る。イメージした通りに、自動的に精巧かつ頑強な道具を生成できる。
そこから僕がさらに学べたのは、変形させる物体のサイズと複雑さに応じて、マナの消費量が変わる点だ。例えば、抱えられるサイズの鉄のブロックを作るだけなら、何十個も生成できる。だけど、家屋を一から創造するとなると、一日に一戸が限界だ。
ただし、例外もあった。僕は鉄の人形を生成するのには、どれだけ複雑なものにしてもあまりマナを使わないようだった。それこそ、一日に四つほど、精巧な人形を造り上げてもちっとも疲れないほどに。
魔法が才能だというなら、僕は人形を作る才能がある、といってもいいのかな。
「『変性』……『変形』……よし、できた」
だから僕は、先んじていくつか鉄人形――今は自律人形、オートマタって呼んでる――を生成しておいた。重労働や、村の皆の家事や仕事を手伝えるようにね。
二度の生成のおかげで、僕の中でもオートマタに対するイメージは固定しやすくなった。
サイズは成人男性程度、骨組みを中心とした人型の構築にして、余計な装甲は剥がす。動力部分を頭に集中させて、中央の橙色のカメラで視界を確保させる。エネルギーはマナを自動で生み出す魔力炉と、不足分を太陽光で補う形式にした。
最終的に生成したオートマタは、どこかで見たロボットのような形になった。村を圧迫しない程度に作り上げ、並べられたそれは、まるで軍隊のようだった。
「皆、これから少し大変な仕事があるけど、お手伝いよろしくね」
僕がそう言うと、オートマタは無言でうなずいて、各々の仕事を始めた。
数が多いからか、最初は村の皆も少し距離を置いてたけど、洗濯物や食事の準備を手伝ってくれる相手に、ちょっとずつ心を許してくれるようだった。仕事の全てを人形に任せない、と誰もが考えてくれているのも、僕にはありがたかった。
ところで、オートマタ以外のアイテムを作っていくとなると、連続して魔法を使う為には、シンプルなアイテムを生成する必要がある。
これを踏まえて、僕は領地に作成するものの順番を決めて、作業に取り掛かった。
何を差し置いても最初に必要だったのは、防壁だ。
ディメンタ村に現存する防壁は、言っちゃ悪いけど、壁としての役割を持ってなかった。木を組んで造られた壁はほとんどが壊されてたし、修復も間に合ってない。
だから僕は、門も含めて、一から防壁を作り直すことにしたんだ。
用意したのは、周辺からかき集めてきた土を硬く変性して、形を整えたブロック。鋼にしなかったのは、どこか村の雰囲気に合わなかったからというだけ。でも、硬度はそれに匹敵するように変性したし、何より村を冷たい鉄で覆うのは気が引けた。
ただ、ブロックには少しだけ細工をしてある。元居た世界で遊んだことのある『ブロックトイ』のように、上部にでっぱり、下部にくぼみがある。一度嵌めこめば、かえしのおかげで中々外れないような仕組みになってる。
これを交互に組んでいけば、釘や接着剤を用いずに強固な壁が出来上がるってわけ。
幅は人が並んで二人、三人歩けるくらいで、接地面だけ大型のブロックを用意しておく。もしも村が大きくなったなら、僕の魔法で分解して、もう一度作り直せばいい。
ついでに防壁と防壁の継ぎ目、そして門のすぐそばに『やぐら』を作る為のパーツも生成した。遠くを見渡すのに、きっと役に立ってくれる。
最初はこれをオートマタに運ばせるつもりだったけど、思わぬ計算外があった。
「俺達も手伝うぜ、イーサン。ていうか、村のことなんだから手伝わせろっての!」
ロック達村の男衆が、揃って門の建築に協力してくれたんだ。
かなりの重労働になるって説明をしても、ロック達はそれこそ聞く耳を持たず、勝手に作業を始めちゃった。僕も戸惑っていたんだけど、これがディメンタ村なりの優しさだって僕も察して、甘えさせてもらうことにしたよ。
でも、メイが協力してくれたのは驚きだった。正確に言うと、メイが初めて披露してくれた魔法で生み出した、木の姿をした魔物が、だけどね。
「これがメイの魔法、『使役魔法』よ。木に命を吹き込んで、魔物『トレント』にするの」
メイの後ろにいたのは、二匹の大木。どちらも裂けたような目と口があって、不規則に伸びた枝を手に、根を足にして器用に動いてる。ついでに枝はとても太くて、メイがここに連れてきてくれた理由が分かる気がするな。
「人間なんて軽く一ひねりするくらいのパワーがあるから、力仕事には貢献してくれるわよ。夜には元の木に戻っちゃうから、使い過ぎには注意しなさいよね」
「彼らに協力してもらって、野盗を追い払ったりはできなかったのかな?」
「数も多少は増やせるけど、単調な動きしかできないし、囲んでくるならず者相手に戦いきれないわよ。無理に抵抗すれば、村にも危害が及ぶって思い込んでたしね……けど、もうメイも、村も逃げないわ。もしも戦うなら、彼らを使ってあげて」
『ま、まかせ、て! おいら、ちからもち!』
やや呂律の回っていない返事をしてくれたトレントは、作業に大きく貢献してくれた。
沢山の腕と高いパワーを持つトレントは、まさしく重機のように働いてくれた。オートマタも休み知らずに動いてくれるおかげで、防壁は予想よりも早く完成しそうだね。
男衆やトレント、オートマタが防壁建設の作業をしてくれている傍で、僕はもう一つ、大事なものを作っていた。
「イーサン、それ何だ?」
「『バリスタ』だよ。簡単に言うと、固定式の弩弓だね」
「確か、この前襲って来た奴らをぶっ飛ばした武器だよな! あれと同じくらい強いのを、俺達も使えるのか!?」
「いや、僕が以前作ったものとは違うよ。あれは急ごしらえで生成したからパーツの強度に問題があったし、使うのに力がいるんだ。今度のは、もう少し使いやすくする予定だよ」
ロックに説明しながらパーツを生成しているのは、壁に設置するバリスタだ。
といっても、僕がならず者を撃退するために使ったタイプとはまた違う。これもブロックトイのように、木と金属でできた複数のパーツを嵌め合わせて作った、簡素なタイプになる。パーツを防壁の上に持っていって作れば、運送の手間もない。
ただし、今回は素材が豊富だったから、弦の部分には魔物の皮のゴムを採用した。ぜんまい仕掛けで弦を引くので力がそこまで必要なく、前方に簡易的な木製の盾も設置してあるから、使うのに慣れてない村の皆もすぐに慣れてくれると思う。
これを門の傍に二門、現時点で門がある面の防壁に八門、村を囲む防壁の残り三面にそれぞれ四門設置した。作りすぎたかも、というのが素直な感想だね。
門とバリスタの次は、橋と濠があれば、村の防御は一層堅固になるに違いない。
「ご主人様、濠と橋は都市防衛の必需品でございます」
「昔読んだ本にも書いてあったね。一応、地面を削ってアイテムを作ったから濠の形にはなってるけど、どう進めていけばいいものやら……」
「では、私がご助力いたしましょう」
あくまで本を読んでかじった知識ではあるけど、アリスや村の皆の知恵も借りて、防壁の建築と並行して作業を始めた。といっても、濠を掘り進める必要はないんだ。防壁の生成に使った土をその辺りから集めてきたからね。
ただ、補強自体は必要になる。それに水を引いてくる必要もあるんだけど、とりあえず人間じゃまず跳び越えられない深さと広さは獲得したから、これでよしとしよう。
ついでにブロックトイの要領で作った木の板と円形パーツ、強固なロープと魔物の皮を作り直したゴムで、木製の門と橋を生成した。橋はハンドルを巻き上げて持ち上がるように、門は防壁の一部にしてこちらもハンドルで閉まるようにした。
なんだかプラモデルを組み立てているような気分だけど、硬さはお墨付きだ。橋は村人が何十人で飛び跳ねても崩れないし、門は獣化魔法で変身したアリスの殴打にも耐えきった。ちょっとやそっとの攻撃じゃ、傷もつかないよ。
「申し訳ございません、ご主人様。獣の拳で、門にひびを入れてしまいました」
「あたしが修復魔法で直しといたから、心配しないでねー」
訂正。もう少しだけ、硬い素材で作り直さないといけないかもしれないね。
門の修復がてら僕が必要な素材を生成していく傍で、村では毎日のように建築作業が続いていた。疲労もたまるだろうと思って、僕は僕なりにサプライズも用意しておいた。
一つは、村人が戦う為の武器だ。
剣や斧を作ろうかとも考えていたけど、戦闘経験が少ないなら槍と盾がいいという結論に至った。槍なら極端な話、突くだけで敵にダメージを与えられるからね。
作成自体はとてもシンプル、かつ簡単で、あっという間に村人全員分の武器ができた。
「こりゃすげえ! 鉄を貫く槍なんて、初めて見た!」
「それにこの盾もだ! これがあれば、野盗連中なんて目じゃねえな!」
ロックを含め、村人からの反響はとても良かった。槍は突けば鉄のブロックを貫通したし、盾はその槍の攻撃を完全に防ぎきることができた。少し練習すれば、野盗くらいならこれで完封できるはずだ。
もっとも、白兵戦は少なからず村側に犠牲が出る可能性がある。
そうならないように、バリスタを含めて、防衛の仕組みを僕が作っておかないと。
もう一つのサプライズは、僕がとっても大好きなもの。つまり、お風呂だ。
石造りの簡単な大浴場みたいなもので、オートマタに手伝ってもらって、火を焚いて水を沸かす。水源が豊富で、水を引いてくるのが簡単な環境だからこそ作れた設備だけど、村の皆には大うけした。もちろん、離れたところに敷居で囲った女性用のお風呂もあるよ。
「ご主人様、私との入浴がお嫌でしょうか?」
「悲しいなあ、イーサン君がとうとう反抗期を迎えちゃったよ……」
「ご、ごめんね! ロックが向こうで僕と一緒に入りたいって言ってるから、ね!」
ついでに、アリス達と一緒にお風呂に入るのは丁重にお断りした。
アリスとパトリシアはがっかりした顔だったけど、ロックやメイもいるし、十歳にもなってメイドに体を洗ってもらうのは、なんだか気恥ずかしかったからね。
――まあ、そんなこんなで、村の開拓は順調に進んでいった。
破壊された家の再構築もほぼ完了した。豪華にはできなかったけど、必要最低限の部屋とトイレ、キッチンがあれば十分ということで、木造りの家屋を生成するのは、倒れる前に比べればさほど疲れなかった。重労働は男衆と、オートマタにも任せていたからね。
こうして、破壊された村の修復が大まか完了した頃には、門に防壁、濠に橋、武器といった防衛に必要なものが揃っていた。濠に水は流れていないし、防壁は完成度で言うと六十パーセントほどだけど、今は十分じゃないかな。
うん、これなら、見た目だけはスケールダウンした城塞都市に見えなくもない。
僕とロック、メイにアリス達が並んで、門の傍で村を眺めると、なんだかディメンタ村が生まれ故郷のようにさえ思えてきて、それがすごく嬉しかったんだ。
「ロック、君に出会えてよかったよ」
「俺もだよ、イーサン。ま、お互い感傷に浸る前に、もう一仕事しないとな!」
僕達は拳をぶつけ合って、もう一度防壁の建造作業に戻っていった。