戦妖記~小国の戦姫~

 絶望の腹の中にすとんと落ち、目の前が真っ暗になった。ひゅーっと呼吸も浅くなり、自分という存在が闇に溶け込んだ気がした。考えもうまく纏まらず、ひたすらに「なぜ」という疑問が、頭の中で反芻される。
 焦りと不安に支配され、まともに考えられる事すら出来ない。
「姫様、すぐに戻りましょう!」
「馬も準備しておりまする!」
 総介と佐助が切羽詰まって口を揃え、美張の帰還を提案する。わらわはその声にハッと我に帰った。
 そう、そうじゃ。呆然としている場合ではない。一刻も早く美張に戻らねば。父上と母上の安否を確かめねば。
 わらわは頭を深々と下げ「申し訳ありませぬが」と切り出すと、「行くが良い」と今川はわらわの言葉を遮り、背中を押してくれた。
 その答えに、「かたじけない」と端的に告げて、急いで立ち上がり、はしたないが全力で長い廊下をバタバタと駆けていく。
 そうして外に出ると、そのまま用意されていた馬にまたがった。
「皆、早急に美張に戻るぞ!殿には文を送り、戻れぬ事を伝えよ!」
 口早に指示を飛ばしてから、はいやっと馬を駆けさせ、どどどどどっと何頭もの馬が三河の城下町を駆けた。
 どどどっどどどっと蹄鉄が強く地面を抉り、風を切る様に進んで行く。
 父上、母上どうかご無事でいてくださいまし。どうか、どうか!
・・・・・・
 馬を休ませながらも、わらわ達は道を急ぎ、美張に戻って行く。
 そうして早朝に美張の外れから入り、城下町に向かった。森からひょっこりと現れる天守が見え、どこか胸をなで下ろすが。どうにも嫌な予感が拭えない。
 普段の光景、だが。普段と違うぞと、ゾクッと背筋が恐怖になぞられる。どどどどっと力強く地面を蹴る馬の足音が、嫌に大きく耳元で聞こえ始めた。
 落ち着けと自分を宥めれば宥めるほど、恐怖に煽られ、ドクドクと心臓が普段の倍速で早鐘を打ち始める。
 やっとの思いで城下町に入ると、民の姿が見え、わらわ達を見て破顔する。民も風景も何も変わらぬ、日常の姿を見せてくれる。
 どういう事だろうか、美張に襲撃があったのではないのか。
 いつもの姿が嬉しいはずなのに。何かおかしいと頭の中で警鐘が鳴り、顔を曇らせる。
 無事なのは民達だけで、襲撃があったのは城内と言う事か?いや、そんな事があり得るのか?そもそも報告の誤りで、城内も無事なのでは?