戦妖記~小国の戦姫~

「先に攻め入られ、悔やんでも遅い。気づいた時は、己にとって大切じゃと思うておるものが消え失すぞ」
 ぐうの音も出ない正論に、わらわは弱々しく「仰る通りにございまする」と相づちを打った。
 今川の言う事は正鵠を射ていて、何も間違いは無い。わらわが甘いのだと、よく分かる。
 でも、だからこそ慎重でありたい。大切なものを守る為には、何が最善かを見極めたい。乾坤一擲とする訳にもいかぬ。
 わらわが苦難に当たり、頭を悩ませていた時だった。
 急激に廊下がうるさくなり、そのバタバタと騒々しい足音は段々と近づいてくる。
 そしてスパンッと荒々しく襖が開かれた。目の前にいる今川も、凄まじい足音に身を少しビクリとさせ、襖を開けた人物に目を丸くする。
 わらわもバッと後ろを振り向くが。その人物とはわらわの家臣である、戸野倉九郎佐助(とのくらくろうさすけ)であった。精悍な体つきと、傷跡が数々も残る強面であるので、齢三十には全く見えない。まぁ、顔はいかめしいものだが。常に礼儀正しく、性格も温厚で、家臣として申し分ない。
 だからこそ、わらわはこんな無礼を働いた佐助に驚きで「どうした」と口をつきそうになった。しかしながら今川の手前である為「無礼であるぞ」と、キチンと佐助を叱責する。
 すると佐助は、慌てて土下座をし「姫様、治部殿。ご無礼をお許し下さいませ」と口早に謝罪の言葉を述べる。
 だが、下がった頭はすぐに上がり「しかし」と焦りを滲ませた顔をわらわ達に見せた。
「至急、姫様のお耳に入れねばならぬ事が!」
 切羽詰まった声を出し、わらわに必死に訴える。
 佐助がこの様に切羽詰まった所を初めて見た。それ故に、余程の事が起きたのかと簡単に推測できる。
「申してみよ」
 強張りながら尋ねた刹那、胸にもぞもぞと何かが蠢動する。嫌な予感を覚え、唇がピクピクと痙攣した。
 それと同時に、佐助が強く告げる。
「美張が襲撃されたとの事!」
「な、なんじゃと?!」
 胴間声で告げた佐助の言葉に愕然とし、すかさず噛みつく。
「まことか?!」
 怒鳴るわらわに対し、佐助は強張りながら頷いた。
 どうして、一体どこが。妖怪か?それとも他大名か?なぜ急に?父上と母上は。お二人はご無事なのか?!
「父上と母上はご無事か?!」
「分かりませぬっ」
 苦しそうに告げられた言葉に、わらわの理性が簡単にパチンと弾ける。